前年度までの研究から、転写によって新規に合成されたRNAは、クロマチンの周囲に形成されるSAF-A/RNA複合体に組み込まれ、RNA分解酵素であるXRN2により分解されることが見出された。これらを踏まえると、SAF-A/RNA複合体は、RNAや転写因子など転写のリソースを濃縮した微小環境を転写活性なクロマチン領域に作り出すことで転写を促進していると予想された。 そこで令和5年度は、SAF-A/RNA複合体が生体分子の動態に対してどのような性質をもった局所の環境を作り出すのか、特に粘性に着目し、以下の2点について検討した。 1) GFPをタンデムに連結し、1、2、3、5量体のGFPを発現するヒト培養細胞をそれぞれ作製し、FCS解析により、GFPの動態を指標に細胞核内の粘性を測定した。その結果、SAF-Aのノックダウンにより、SAF-A/RNA複合体形成を阻害すると、細胞核内におけるGFP分子の動態を示す拡散係数は有意に増大し、また一方あるいはXRN2をノックダウンし、SAF-A/RNA複合体を安定化させると、GFP分子の拡散係数は有意に低下した。 2)ヒト11番染色体において、転写活性が高い・中程度・低い、2Mbのクロマチン領域をオリゴペイントDNA-FISHにより可視化し、3次元の体積を定量した。その結果、転写の活性の高さに伴って、クロマチンがより広がって観察され、また薬剤によって転写を阻害すると、どのクロマチン領域も同程度まで収縮した。SAF-A/RNA複合体が安定化するXRN2をノックダウンした状態で同様の実験を行ったところ、転写阻害によるクロマチンの収縮は有意に軽減された。 これらより、SAF-A/RNA構造体はその局所に粘性の高い微小環境を形成し、分子動態やクロマチン構造を制御していることが示唆された。
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