研究課題/領域番号 |
20H03300
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
久保 健雄 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 教授 (10201469)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | セイヨウミツバチ / カブラハバチ / キノコ体 / ケニヨン細胞 / mKast / Mblk-1 / EcR / ChIP-seq解析 |
研究実績の概要 |
研究代表者らは、これまでにミツバチの脳高次中枢キノコ体が、遺伝子発現プロファイルの異なる3種類のケニヨン細胞サブタイプ(大型・中間型・小型)から構成されることを発見した。さらに、そのサブタイプの数は原始的なハバチ亜目では1種類、寄生性の有錐類では2種類、営巣性/社会性をもつ有剣類では3種類と、ハチ目昆虫の行動進化に伴い増加した可能性を示唆した。本研究では、ミツバチの各サブタイプ選択的に発現する遺伝子の機能解析と、これら遺伝子の機能および発現パターンの種間比較解析により、ハチ目昆虫の行動進化に伴うキノコ体の機能進化の分子神経基盤の解明を目的とした。 今年度は、ハバチ亜目に属するカブラハバチとミツバチ(有剣類)のケニヨン細胞の遺伝子発現プロファイルの比較から、ミツバチの各サブタイプの機能は、ハチ目昆虫の進化過程で祖先的なケニヨン細胞がもつ機能が分離、特殊化することで獲得された可能性を示唆した。また、ミツバチの「中間型」サブタイプに発現するmKastを標的としたゲノム編集により、初めてノックアウト働き蜂(F2世代)の作出に成功し、現在、変異体働き蜂の表現型解析を進めている。さらに、ミツバチ成虫キノコ体の「大型」と「小型」ケニヨン細胞サブタイプにはそれぞれ、変態に関わる転写因子であるMblk-1とEcRが選択的に発現するが、これら転写因子のChIP-seq解析を行うことにより、Mblk-1が成虫キノコ体では自身の(自律的な)転写活性化能をもち、変態期とは異なり、記憶・学習に関わる遺伝子を標的とすること、EcRは働き蜂の分業(育児、採餌)や採餌行動開始により標的遺伝子群が変化することを見出した。これにより、ミツバチ成虫のキノコ体では、変態期に働く転写因子が新たな標的遺伝子をもつことにより、ミツバチ固有なキノコ体の機能獲得に貢献した可能性を提示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ハチ目昆虫におけるケニヨン細胞サブタイプの進化動態の解析については新たな進展が見られた。具体的には、原始的でサブタイプを1種類しかもたないカブラハバチ脳でキノコ体選択的に発現する遺伝子群をRNA-seq解析により同定し、これをミツバチキノコ体の各サブタイプで選択的に発現する遺伝子と種間比較をすることで、カブラハバチのケニヨン細胞はミツバチの3種類のサブタイプの機能を部分的に併せもつことを明らかにした。このことから、ハチ目昆虫のキノコ体は、祖先的で多機能なケニヨン細胞から、機能の分離と専門化(精緻化)を伴ってサブタイプ化したことを初めて示唆した。 mKastの機能解析については、継代によるノックアウト働き蜂の作出に初めて成功した。ゲノム編集効率が改善したことで、当初の想定よりも少ない継代回数でノックアウト働き蜂を作出することができた。現在、連合学習や感覚情報処理におけるmKastの機能解析を進めている。 また、ミツバチのケニヨン細胞サブタイプ選択的に発現する転写因子Mblk-1とEcRのChIP-seq解析の結果、「大型」サブタイプ選択的に発現するMblk-1については、成虫キノコ体では変態期とは異なる遺伝子を転写制御することでミツバチ固有な記憶・学習能力に寄与する可能性を示唆した。また、「小型」サブタイプ選択的に発現するEcRについては、変態時のエクダイソンシグナル伝達経路の一部を再利用することで採餌行動制御に関わる可能性を示唆した。以上の知見から、ハチ目昆虫のキノコ体ケニヨン細胞サブタイプでは、元来、変態期の発生に働く転写因子の標的遺伝子が変化したことで、サブタイプ固有な機能獲得に貢献した可能性を提案した。これは、ハチ目昆虫の行動進化の背景となったキノコ体の機能進化の具体的な分子神経基盤を提示した最初の例であり、国際的にも独創性の高い研究成果であると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
カブラハバチとミツバチのケニヨン細胞サブタイプの比較トランスクリプトーム解析については、現在論文準備中である。今後は、寄生蜂がもつ2種類のサブタイプと、ミツバチの3種類のサブタイプの対応関係を調べ、サブタイプ数の増加によりどのような細胞機能の変化が生じたのかを明らかにする。また、ミツバチの各サブタイプがどの感覚中枢から入力を受けるか調べることで、ハチ目の行動進化に伴いどの感覚情報処理機構が複雑化してきたかについて明らかにする。 mKastノックアウト働き蜂については、行動、各脳領域の形態、生理状態など、様々な視点から機能解析を行い、mKastが関わる行動・脳機能を同定する予定である。 「大型」と「小型」サブタイプにそれぞれ選択的に発現する転写因子Mblk-1とEcRのChIP-seq解析により得られた研究成果についても、それぞれ論文準備中である。今後は、各転写因子の標的遺伝子が、有剣類よりも原始的なハチ目昆虫(ハバチ亜目、寄生蜂)の脳においても、キノコ体選択的、行動依存的に発現するか調べることで、転写制御機構の変化の観点からケニヨン細胞機能の進化について考察する。
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