我々は、シーラカンスやポリプテルスなどの古代魚から陸生哺乳類まで、ほぼ全ての脊椎動物が共有するフェロモン受容体遺伝子ancV1Rを新規に発見した。ancV1Rは系統樹上ではV1Rファミリーに属しているものの、既知V1Rが1神経細胞に1種類の遺伝子(アリル)のみ発現するのに対し、ancV1Rは鋤鼻器官の全ての神経細胞に発現するという大きな違いがある。そのためancV1Rは既知V1Rとは機能的に大きく異なっていると予想される。また、鋤鼻器官全体に発現するancV1Rは、鋤鼻器官領域の探索・特定に利用することも可能であると考えられる。本研究の目的は、① 遺伝子改変マウスを用いたancV1Rの機能解明、② 鋤鼻器官の退化とancV1Rの偽遺伝子化に関わる相関性の解析、③ ancV1Rを指標とした脊椎動物における鋤鼻器官の進化的起源の解明にある。現在のところ、2020年度においては②、③に関しては論文化に至っている。本研究が掲げる3つの目的のうち、①に関してはancV1Rノックアウトメスマウス(ancV1R-KOメス)の作出に成功し、これらの行動学的な実験によりancV1Rを失った個体は異性のフェロモン受容に異常をきたしていることを強く示唆する結果を得ていた。ancV1R欠損メスマウスにおける行動異常の原因として、まず 既知フェロモン受容体タンパク質の鋤鼻神経細胞膜への移行不全の可能性を検証したが、正常な膜移行が観察されたためancV1Rが既知フェロモン受容体の膜移行に関与する可能性は低いことが分かった。続いて、ancV1R欠損マウスにおける正常な軸索投射が起きているかどうかの検証を行ったが、これも正常でありancV1Rが鋤鼻神経細胞の投射に関与する可能性も低いと考えられた
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