研究課題
多様な陸上植物を対象とした潜葉虫の網羅的探索を行い、得られた潜葉虫の寄主植物、潜孔様式、寄生蜂群集などのデータをまとめ、データベースを作成中である。本年度は特に、多様性の把握が十分に行われていない分類群(スイコバネガ科、ハモグリガ科、チビガ科、フショクバエ科、ハモグリバエ科、ハバチ科など)に焦点をあてた解析を行ってきた。その中で、コケに潜葉するハモグリバエ科は40種を見出し、その分類と系統に関する論文を執筆中である。コケハモグリバエには、苔類を利用する種が37種、ツノゴケを利用する種が3種、見出され、特にジャゴケを利用する種が13種に及んだ。分子系統解析によると、これらのコケハモグリバエ類は単系統で、維管束植物を利用する系統が始新世にコケ植物に寄主転換をしたのち、コケ植物上で適応放散したことが示唆された。この適応放散は、コケの属間・種間の寄主転換を伴っており、ほとんどの種が非常に高い寄主特異性を有していた。苔類は細胞内に油点という特徴的なプラスチドを持ち、その中に属/種特異的な油脂やテルペンを貯蔵している。これらの結果は、苔類のこれらの二次代謝産物の多様化の背景に、コケとコケ潜葉虫との間の相互作用があったことを示唆している。ハモグリバエ科の適応放散の調査に加えて、ハモグリガ科の分類も進めた。ハモグリガ科はハンモック状の繭を紡ぐ微小蛾で、幼虫はさまざまな被子植物の潜葉虫であるが、その潜葉習性も多様である。ハモグリガ科で15種の新種を見出し、その記載論文を執筆中である。これらの潜葉虫のさまざまな分類群の多様性を明らかにしつつ、日本列島のすべての陸上植物の潜葉虫のデータベース作成を進めた。
2: おおむね順調に進展している
コケに潜葉するハモグリバエ科としては、世界でこれまで1種しか記載されていなかった。本研究では、日本列島だけで、40種ものコケハモグリバエが生息していることを見出したが、この発見は大きな意義を持っている。食植性昆虫として最も多様化しているのは鱗翅目であるが、現生種の中で最も祖先的な系統は、成虫が大顎を持つコバネガ科であり、その大半がコケ食である。最近の分子系統解析によると、現在繁栄している、吸蜜目的で口器が伸長した多くの鱗翅目(二門類)は、コバネガ類がコケ植物から維管束植物に寄主転換したのち、白亜紀の被子植物の適応放散に際して、化学防衛をめぐる軍拡競走を通して、多様化していったと考えられている。一方、この鱗翅目の進化史とは対照的に、コケハモグリバエは被子植物からコケ植物に寄主転換することによって、最近になって多様化したことが明らかになったわけである。寄主特異性の高いコケ食者の隠れた多様性は、維管束植物と維管束植物者の間で進行した化学防衛をめぐる軍拡競走が、コケとコケ食者の間にも存在していたことを意味しており、コケ植物における特異な二次代謝産物の多様性の理解にも大きな貢献をするに違いない。ハモグリガ科の分類が進み、日本列島のハモグリガ科の多様性の全貌と、その寄主植物の広がりや潜孔様式の多様性が明らかになってきた。潜葉虫の全般の多様性についても、未知の寄主植物からの潜葉虫の発見や、新種の潜葉虫の発見を含む、数多くの新知見が蓄積している。しかし、日本列島の潜葉虫の多様性の全貌を明らかにするためには、よりいっそうの潜葉虫の採集・分類・生態解明が必要である。
コケハモグリバエの多様性と進化に関する論文の公表を進める一方で、シダや被子植物を利用するハモグリバエの多様性や寄主特異性の解明も進める。特に、維管束植物からコケ植物への寄主転換において、被子植物→シダ植物→コケ植物という経路を辿っているらしいことが系統解析から予測された。この寄主転換の経路を、さらなるサンプルの解析によって解明してゆきたい。さらに、コケを利用する潜葉虫として、ハモグリバエ科に加えて、シギアブ科とフショクバエ科がある。祖先的な系統であるこれらの昆虫の分類・生態・系統の解析を進め、コケ植物を利用する昆虫の進化史を明らかにする予定である。ハモグリガ科の分類と生態の調査を進め、ハモグリガ科のモノグラフの執筆を進めつつ、その寄主転換の歴史や潜孔様式の進化についても考察を含めたい。潜葉虫全般の多様性を明らかにすべく、そのデータベース作りも進めたい。潜葉虫には、分類や記載が十分に行われていない分類群がまだ数多くあり、それらを一つずつ、整理する必要があることが明らかになってきた。データベース作成に向けて、それらの分類群の整理も今後少しずつ進めてゆく予定である。これまでの年度では十分行うことができなかった、新しい絶対送粉共生系の生態調査についても、今年度は再開する予定である。植物と食植性昆虫の共進化や相乗多様化を理解するために、この系の研究は大きく貢献すると考えている。
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