記憶は、秒から分単位の経過とともに忘れる「短期記憶」と、何時間、何日、あるいは一生続くような「長期記憶」に大別される。短期記憶では、細胞内で既に発現しているタンパク質の移動や修飾が重要な役割を果たし、タンパク質の新規合成は不要であることがこれまでの研究からわかっている。一方、タンパク質の合成を阻害する薬理実験から、長期記憶ではタンパク質の新規合成が必須であることが古くから知られている。しかしながら、脳内で新規に合成されたタンパク質がいつ、どこで、どのように働いて長期記憶を実現しているのかはほとんどわかっていない。本研究では、脳で新規に合成されたタンパク質がいつ、どこで、どのように働いて長期記憶を実現しているのかを明らかにし、長期記憶の分子メカニズムを解明することを目指した。2022年度は、前年度に引き続き、様々な新規合成タンパク質を観察し、操作するためのプラットフォームの構築を行った。申請者が開発した生体脳内ゲノム編集技術と内在性タンパク質のハイスループットな標識・イメージング技術SLENDRおよびvSLENDRと化学的標識技術を組み合わせることで、2-48時間の時間枠に新規に生合成された内在性タンパク質を可視化することに成功した。さらに、興奮性シナプス伝達の担い手であるグルタミン酸受容体に着目し、内在性のグルタミン酸受容体の各サブユニットを区別して標識できるようにした。AMPA型グルタミン酸受容体およびNMDA型グルタミン酸受容体の各サブユニットが樹状突起スパインのヘッドに集積していることを確認し、NMDA型グルタミン酸受容体は確認できるがAMPA型グルタミン酸受容体はほとんどない、いわゆるサイレントシナプスがあるような樹状突起スパインも同定することに成功した。
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