研究課題/領域番号 |
20H03356
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
水関 健司 大阪市立大学, 大学院医学研究科, 教授 (80344448)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 海馬 / 海馬台 / 情報ルーティング / 経路特異的 / 光遺伝学 / 場所細胞 / 速度細胞 / 大規模電気生理学記録 |
研究実績の概要 |
海馬から様々な脳領域へ適切な情報が伝達されることが、エピソード記憶や場所記憶の基盤となる。海馬の情報の大部分は海馬台と呼ばれる脳領域から他の脳領域へ出力される。しかし、海馬台でどのような情報が表現され、その情報がどの脳領域へ伝達されるのかはほとんど分かっていない。その理由は、従来の電気生理学的手法では記録している神経細胞がどの脳領域へ投射しているかわからないからである。本研究では、大規模電気生理学で同時に記録している海馬台の数多くの神経細胞がどの脳領域へ投射しているかを同定する計測技術を開発した。そして、開発した計測技術を場所課題中のラットに適用し、海馬台の個々の神経細胞がどのような情報を表現し、それらの情報をどの脳領域へ伝達するのかを調べた。その結果、ラットが歩く速度と道順の情報はそれぞれ帯状皮質と側坐核に選択的に伝達され、場所の情報は側坐核・視床・乳頭体・帯状皮質の4領域に均等に分配されることを明らかにした。 海馬や海馬台では、動物の行動の状態によりシータ波やシャープウェーブ・リップル波などの脳波が発生する。海馬台の個々の神経細胞はシータ波の特定の位相で発火しやすいこと、神経細胞の投射先によって発火しやすいシータ波の位相が異なることを見出した。さらに、ほとんどの海馬台の神経細胞はシャープウェーブ・リップル波の時に発火頻度が著しく上昇するが、視床へ投射する細胞は発火が抑制されることがわかった。すなわち、シータ波やシャープウェーブ・リップル波によって、投射先特異的に発火のタイミングが制御されていることを明らかにした。 海馬CA1と海馬台での空間情報の表現の様式を比較し、海馬の神経細胞に比べると、海馬台の神経細胞は場所・速度・道順に対する選択性は低い一方で、神経活動の頻度が高いために海馬と同等の情報量を持ち、さらに神経回路に生じるノイズの影響を受けにくいことを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
海馬台から他の脳領域へ投射先特異的に空間の情報が送られることを論文として発表することができた。さらに、海馬台から情報を受けた脳領域がどのように情報を統合しているのかを明らかにする目的で、分子生物学的な手法を用いて、海馬台の投射細胞から直接シナプス入力を受ける内側乳頭体の神経細胞の種類を同定し、論文を発表することができた。以上の論文発表から「おおむね順調に進展している」と自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度は海馬台の個々の神経細胞がどのように場所情報を表現しているかを調査し、海馬台と海馬CA1 における情報表現の違いと、海馬台の投射先特異的な情報分配メカニズムの一端を明らかにした。しかし、海馬台にある神経細胞が集団としてどのように空間情報を表現しているのかはまだ分かっていない。今後は海馬と海馬台における細胞集団での情報表現を比較する。次に、投射先を同定した個々の細胞が、細胞集団での情報表現にどのように関わっているのかを調べることで、投射先特異的な情報分配の仕組みを明らかにする。 さらに、海馬は空間以外の情報も表現し処理している。これまで海馬の空間認知に関わる情報処理は理解が進んできたが、空間以外の情報に関してはわかっていないことが多い。そこで、今後は場所だけではなく、時間・不安・恐怖・報酬・快感・罰・物体・新奇性・他者など様々な情報表現を調べる課題を開発する。その新規課題を用いて、場所以外の情報が海馬でどのように処理・表現され、海馬外の脳領域へ分配されていくのかを明らかにする。
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