研究課題/領域番号 |
20H03432
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
神吉 康晴 筑波大学, 医学医療系, 研究員 (00534869)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 血管新生 / エピゲノム / ヒストン修飾 / ミトコンドリア遺伝子 |
研究実績の概要 |
本研究では、人間の血管内皮細胞をモデルとして利用し、高等真核生物の遺伝子転写メカニズムを解析し、将来の抗血管新生阻止薬および抗がん薬の開発につなげることを目指している。過去の研究において、ヒトの血管内皮細胞(Human Umbilical Vein Endothelial Cells; HUVECs)に増殖因子(Vascular Endothelial Cell Growth Factor; VEGF)を加えると、血管新生において重要な役割を果たす即時誘導型転写因子の遺伝子座に特別なエピジェノム修飾が存在することが判明した。前年度には、抑制型ヒストン修飾H3K27me3とH2AK119Ubに焦点を当てた。次世代シークエンサーとクロマチン免疫沈降実験を組み合わせたChIP-seq解析を実施した結果、VEGF刺激前後でH3K27me3の変化は見られなかったが、H2AK119Ubは刺激後15分で有意に減少した。このことから、血管新生遺伝子の抑制に関与しているのは、H2AK119Ubを介したpolycomb複合体であることが示された。polycomb複合体は6種類存在し、我々は網羅的なsiRNAスクリーニングによって、血管新生にはPCGF3複合体(PRC1.3複合体)が大きく寄与していることを発見した。血管内皮細胞特異的なPCGF3ノックアウトマウスを作製し、血管新生を調べたところ、ノックアウトマウスは発生期の血管には影響せず、生後のVEGFによる血管新生のみが抑制され、がんの進行や病的炎症も抑えられることが明らかとなった(Kanki Y et al 2022 Cell Rep表紙)。さらに、早期誘導を実現するために大量のATPが消費されることを予想し、ミトコンドリア遺伝子転写解析法を確立した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究では、血管新生に関与する新しいエピゲノム要素としてPCGF3を特定し、試験管内(in vitro)および生体内(in vivo)での血管新生に重要な役割があることを明らかにした。特に、今後の薬剤開発を考慮すると、生理的な血管新生に影響を与えず、病的な血管新生を阻止する要素の同定が重要である。本研究で発見されたPCGF3は、ノックアウトマウスの解析により、胎生期の血管新生には影響せず、成体の腫瘍血管新生を抑制することが示されたため、新たな抗がん薬として有望である。これらの成果は、査読付きの国際ジャーナルにも掲載されており、研究計画としては十分に進行していると言える。さらに、血管が静止状態から成長因子により活性化される過程におけるミトコンドリア遺伝子転写解析も実施しており、計画以上の進展がある。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は、基礎医学と臨床医学の両方の観点を持っている。臨床医学の面では、すでに報告されているように、病的血管新生にのみ作用する要素としてPTIPやPCGF3を特定しており、本研究としては十分な成果があると見られる。一方、基礎医学の面では、血管新生に重要な即時誘導型遺伝子の転写メカニズムはまだ完全に解明されていない。刺激後たった15分で、多くの酵素を介した化学反応が進行し、エピゲノムが変わることから、細胞内で大量のATPが消費されていることが推測される。今年度は、昨年確立したミトコンドリア遺伝子転写解析に焦点を当て、状況に応じてメタボローム解析と組み合わせることで、血管内皮細胞のエネルギー代謝を明らかにする予定である。
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