研究課題/領域番号 |
20H03506
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
鈴木 敬一朗 国立研究開発法人理化学研究所, 生命医科学研究センター, 客員研究員 (90391995)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | IgA / 糖鎖 / 腸内細菌 |
研究実績の概要 |
IgAは腸管内腔に分泌されて腸内細菌の表面と結合し、病原菌の排除と共生菌の機能促進という一見相反する作用を行う事が報告されている。我々の過去の研究からIgAの作用は糖鎖によって調節される事が示唆されており、本研究の目標は腸管IgAの糖鎖がどのようにして腸内細菌の恒常性維持に関わっているのかを理解する事である。まず始めに、プレート上に固相化した抗IgA抗体で生理的な腸管IgAを キャプチャし、次にビオチン化したレクチンを用いて糖鎖成分を定量するIgA-糖鎖-ELISA法を開発した。様々な種類のIgA糖鎖を測定したところ、IgA糖鎖の調節は複数の段階で行われており、1.T細胞 2.上皮細胞からの分泌 3.腸内細菌の作用、の3つの因子が大きく関わっている事が明らかになった。特に腸内細菌はIgAの糖鎖構造に対する影響が大きく、抗生物質入りの飲用水を飲ませたマウスの糞便IgAは通常マウスの糞便IgAとは大きく異なる糖鎖構造を示していた。IgA糖鎖に影響を与える腸内細菌の種類を知るために、無菌マウスの腸管内に異なる種類の細菌を定着させてIgA糖鎖を測定する実験を行なった。その結果、細菌種によって糞便IgA糖鎖の構造が大きく異なることが観察された。特に、Bacteroidetes門に属するBacteroides thetaiotaomicron(B.theta)を定着させた場合には糞便IgAの糖鎖が大きく変動した。これらの糞便IgAをRag1欠損マウスの糞便細菌群と試験管内で反応させたところ、B.thetaを定着させたマウスの糞便IgAを用いた場合には糞便細菌群に対する接着性が優位に低下する事が明らかとなった。以上の結果は、腸内細菌がIgAの糖鎖構造を変化させることによってIgA-腸内細菌間の接着性を調節し、複雑な相互作用バランスを維持する役割を持つことを示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究で明らかにするべき項目は、1.生理的に分泌される腸管IgAの糖鎖プロファイル 2.IgA糖鎖の変化に伴う腸内細菌構成の変化、の2つである。このうち、前者については今回開発したIgA-糖鎖-ELISA法を用いることによって解析がほぼ終了した。また、この解析過程において腸内細菌の作用がIgAの糖鎖構造に大きな影響を与えている事が判明した。従って、IgA糖鎖と腸内細菌の変化は双方向に作用するものであり、複雑な相互作用のバランスの上で腸管恒常性を保っている事が示唆された。当初、本研究ではIgAの特定の糖鎖を人為的に変化させて腸内細菌の変化を解析することを検討していた。しかし、腸内細菌のIgA糖鎖に及ぼす影響が想定を越えて大きいものであり、かつ細菌種によって異なる糖鎖構造の変化を生じる事が判明し、一つの糖鎖を変化させる手法ではIgA糖鎖と腸内細菌間の相互作用を理解するには不十分であると考えられた。そこで、本研究では、腸内細菌の変化、IgA糖鎖構造の変化、IgAと結合する腸内細菌種の変化について、より包括的な手法を用いて解析を進める事とした。野生型マウスに抗生物質入りの飲用水を飲ませて腸内細菌を変化させた場合のIgA糖鎖構造変化、IgA-腸内細菌結合性の変化などについてIgA-糖鎖-ELISA法、腸内細菌フローサイトメトリー測定、次世代シーケンサーを用いた16SrRNA解析による腸内細菌種同定、などを行なった。さらに、無菌マウスに様々な細菌種を定着させた場合のIgA糖鎖解析、IgAと腸内細菌の結合性解析も施行した。現在までの実験によりデータが積み上がっており、今後の研究ではそれぞれのデータについての関連性を解析して包括的な生体モデルについての理解を得る作業が必要である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究では、これまでに得られたデータに数学モデルを適用して、複雑な動的変動を示す腸内細菌とIgA糖鎖構成の間にどのような規則的相関性があるのかを明らかにすることを目指す。一つのモデルとして、抗生物質処理マウスの腸内細菌構成を次世代シーケンサーを用いて解析したデータとIgAの糖鎖構成を対比して数学モデルを適用することを目指す。使用する実験データとしては、1.IgA-糖鎖-ELISA法による腸管IgAの糖鎖構造 2. フローサイトメトリー解析によって得られたIgA-腸内細菌の結合性 3.IgA結合細菌の位置情報(粘液内か内腔か) 4.次世代シーケンサーを用いた16SrRNA解析によるIgA結合腸内細菌の種類についての情報 5.宿主機能の変化(宿主組織のRNA-Seqデータ)、などが存在する。これらのデータ内で特定の腸内細菌の存在とIgA糖鎖の変化が連動しているか、そのIgA糖鎖変化はIgAと腸内細菌の結合性にどのような変化をもたらすのか、などについて数学モデルの構築を目指す。現在までに数学モデルの専門家との議論を開始しており 予備的な検討を進めている段階である。今後、数学モデルの構築に必要となる補助的な実験データの積み上げとモデルの洗練作業が必要である。また、無菌マウスに特定の細菌種を定着させたマウスについてもIgA糖鎖の変動を測定し、数学モデルを適用することによってIgA糖鎖と腸内細菌の関連についての法則性を見出すことを目指す。また、数学モデルとは別にIgA糖鎖 と細菌が反応した場合に生じる細菌側の変化にも注目しており、異なる糖鎖構成をもつIgAと細菌を反応させた場合に細菌の形態や機能にどの ような変化が生じるのかについても検討を加えていく予定である。
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