研究課題/領域番号 |
20H03507
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
吉田 英行 国立研究開発法人理化学研究所, 生命医科学研究センター, 上級研究員 (80800523)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 自己免疫寛容 / 胸腺上皮細胞 / 末梢組織特異的抗原 |
研究実績の概要 |
野生型マウスでは胸腺上皮細胞の分化に伴いZfp36l1,Zfp36l2遺伝子の発現が低下するが、その生理学的意義は不明であった。そこで、我々はZfp36l1,Zfp36l2の発現が低下しない遺伝子改変マウスを樹立し、これらマウスの胸腺上皮細胞では末梢組織特異的抗原PTA (peripheral Tissue specific Antigen)遺伝子の発現が減弱することを見出した。今年度は、これらZfp36l1,Zfp36l2による胸腺上皮細胞でのPTA遺伝子発現コントロールの意義を解明するため、これら遺伝子改変マウスを用い、詳細な遺伝子発現解析ならびに表現型解析を行った。25~30週齢のマウスを用いて組織の解析を行ったところ、肺、唾液腺、前立腺や肝臓等でリンパ球浸潤が認められ、また、血清では、これら臓器に対する自己抗体が産生されていることが観察された。これらの表現型は自己免疫反応が生じていることを示すものであり、胸腺上皮細胞分化に伴うZfp36l1,Zfp36l2の発現低下が自己免疫寛容の成立や維持に必要なことを示す結果であった。 さらに、Zfp36l1,Zfp36l2による遺伝子発現制御メカニズムの解明のため、胸腺上皮細胞を用いRNA PolymeraseIIのゲノムDNAへの結合パターンを解析した。胸腺上皮細胞は細胞数が少なく、通常のクロマチン免疫沈降(ChIP)法では解析が困難であるが、近年開発されたCut&Run法を用いた解析方法を取り入れ、解析を行うことが可能となった。本解析により、野生型との比較を行い、Zfp36l1,Zfp36l2による遺伝子発現のメカニズムに迫ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
胸腺上皮細胞においてPTA遺伝子発現を誘導する因子として転写制御因子AIREがよく知られている。Zfp36l1,Zfp36l2の発現が低下しない遺伝子改変マウスにおけるPTA遺伝子発現減弱の程度はAIREノックアウトマウスよりもマイルドであり、自己免疫に比較的耐性であるB6バックグラウンドのマウスでは表現型が観察されない可能性も考えられた。しかしながら、一部臓器で観察された表現型はAIRE欠損マウスと同程度であり、PTA遺伝子の発現減弱レベルと表現型が相関しないことが明らかになった。これまで、胸腺上皮細胞におけるPTA遺伝子発現の低下が、自己免疫寛容の破綻に直接つながっていると考えられていたが、この知見はRNA発現レベル以外での制御メカニズムの存在を示唆するものであった。今後、タンパク質レベルを含めた研究の必要性が示唆され、自己免疫寛容を成立させるメカニズムの全容解明に向けて重要な知見となったと考えられる。 また、胸腺上皮細胞を用いた遺伝子発現解析からは、Zfp36l1,Zfp36l2によって制御されるPTA遺伝子には、AIREによっても制御されている遺伝子が高頻度で含まれていることも明らかになった。当初、Zfp36l1,Zfp36l2はAIREとは独立して作用すると考えていたが、AIREによるPTA遺伝子制御にもZfp36l1,Zfp36l2が関わっている可能性が示唆され、Zfp36l1,Zfp36l2によるPTA遺伝子発現のメカニズムのさらなる解析により、これまで解明されていなかったAIREによるPTA遺伝子発現制御のメカニズムが明らかになることも期待される。 以上より、本課題はおおむね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
PTA遺伝子発現の低下と自己免疫の表現型との関連をより明らかにするため、遺伝的バックグラウンドの異なるマウスでの表現型解析を進めます。自己免疫の表現型は遺伝的バックグラウンド(系統)に左右され、例えば、Aireノックアウトマウスにおいては、B6バックグラウンドとNODバックグラウンドでは自己免疫の標的となる臓器のパターンや程度が異なることが知られています。そこで、上述遺伝子改変マウスについて、自己免疫に比較的耐性のB6バックグラウンドと自己免疫に感受性が高いNODバックグラウンドへの戻し交配を行い、表現型解析を行います。2021年度は、戻し交配が完了したマウス個体を用い、臓器へのリンパ球浸潤や、血清中の自己抗体の有無を調べるとともに、FACSにより免疫細胞集団の変化を調べ、表現型をより詳細に調べることとします。 Zfp36l1,Zfp36l2はmRNAの3’UTRのAU(アデニン-ウラシル)-rich element(ARE)に結合しますが、AREはサイトカイン遺伝子やがん遺伝子等、細胞の増殖にかかわる遺伝子のmRNAに多く存在することが一般に知られています。一方、胸腺上皮細胞では、AIREにより誘導される遺伝子群がZfp36l1,Zfp36l2の作用を特に強く受け、胸腺上皮細胞におけるPTA遺伝子発現にはAIREの発現増強とZfp36l1,Zfp36l2の発現低下が協調的に作用していることが示唆されましたが、AIREにより誘導されるmRNAにAREが多く含まれているという知見はなく、そのメカニズムは不明です。このメカニズムに迫るため、これらタンパク質の相互作用を生化学的手法により調べるとともに、AIREにより誘導されたmRNAの特徴をPacBio社の次世代シークエンサーを用い調べます。
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