研究課題
近年,脂質の種類や量の代謝調節により生命現象をコントロールするリポクオリティ制御の研究が注目を集めている.例えば,脂質二重膜を構成するグリセロリン脂質は2本の疎水性の脂肪酸エステルと1本の親水性の極性基をもつ脂質分子であるが,エネルギー貯蔵や生体バリアなどの新しい機能も解明されつつある.しかし,ゲノムにコードされたタンパク質とは異なり,脂質代謝の機能解析には代謝酵素とともに基質や産物 (脂質分子の長鎖脂肪酸エステルと極性基) の同定が必要であり,がん幹細胞におけるリポクオリティ制御の研究は緒に就いたばかりである.一方,リゾリン脂質やリゾホスファチジン酸 (LPA) は1本の脂肪酸エステル基を持つ脂質分子であり,長く,グリセロリン脂質や脂質メディエータの生合成の中間体と考えられてきた.しかし,リゾリン脂質やLPAは親水性が高くそれ自身薬理作用をもち,シグナル伝達や遺伝子発現制御などのセカンドメッセンジャーとしての機能を担うことも解明されつつある.研究代表者らは,これまでに,正常造血幹細胞と慢性骨髄性白血病(CML)幹細胞との間でのRNA-Seq解析を行い,CML幹細胞はリゾリン脂質を加水分解してLPAを産生するリゾリン脂質代謝酵素Gdpd3が高発現していることを見出した.そこで,ゲノム編集技術によりGdpd3遺伝子のノックアウト (KO)マウスを樹立して,CML幹細胞におけるGdpd3の機能解析を行った.その結果,Gdpd3 KOマウス由来のCML幹細胞は長期間のCML発症能を維持する自己複製能が低下していることが判明した.
2: おおむね順調に進展している
これまでに,マウス正常造血幹細胞と慢性骨髄性白血病(CML)幹細胞との間でRNA-Seq解析,並びにリアルタイムqRT-PCR解析を行い,最も未分化な長期CML幹細胞においてGdpd3が高発現していることを確認した.次いで,マウスGdpd3遺伝子を標的とするsiRNAを合成し,CML幹細胞に導入後,低酸素(3%O2濃度)環境下,メチルセルロース半固形培地中でコロニー形成能の解析を行った.その結果,Gdpd3 siRNAを導入したCML幹細胞はコロニー形成能が低下していることが明らかとなった.そこで,ゲノム編集技術によりGdpd3遺伝子のノックアウト(KO)マウスを樹立して,生体内でのCML幹細胞におけるGdpd3の機能解析を行った.野生型、並びにGdpd3 KOマウスから造血幹細胞を純化し,ヒトCMLの原因遺伝子であるBCR-ABL1遺伝子を導入後,放射線照射を行ったレシピエントマウスに移植してCMLのマウスモデルを構築した.これらの野生型,並びにGdpd3 KOマウス由来CML幹細胞の1次移植を行ったマウスはCMLを発症することが確認された.ところが,これらのマウスからCML幹細胞を純化し,別のレシピエントマウスに2次移植を行った結果,野生型CML幹細胞はCML発症能を維持していたのに対して,Gdpd3 KO CML幹細胞はCML発症能を喪失していることが明らかとなった.さらに,これらの2次移植を行ったマウスにおけるCML幹細胞の細胞数を解析した結果,野生型CML幹細胞は骨髄、及び脾臓において維持されていたのに対し,Gdpd3 KO CML幹細胞は減少していることが明らかとなった.これらの結果から,Gdpd3遺伝子によるリゾリン脂質代謝は,CML幹細胞の長期間の自己複製能の維持に重要な役割を担うことが判明した.
今後,CML幹細胞の長期間の自己複製能の維持におけるリゾリン脂質代謝酵素Gdpd3の役割を解析する計画である.まず,野生型、並びにGdpd3 KOマウスから造血幹細胞を純化し,BCR-ABL1遺伝子を導入後,レシピエントマウスに移植してCML幹細胞の1次移植を行う.このCML発症マウスにEdUのパルスラベルを行い,生体内でのCML幹細胞の細胞増殖能を解析する.また,Gdpd3 KOマウスとテトラサイクリン制御型CMLマウスモデル(Scl-tTA x tetO-BCR-ABL1)との交配を行い,Gdpd3 KO CMLマウスモデルを樹立する.これらのマウスから野生型,並びにGdpd3 KO 長期CML幹細胞を純化し,蛍光免疫染色により細胞増殖に関わるAktとS6リボソーマルタンパク質のリン酸化状態を解析して,Gdpd3によるPI3K-Akt-mTORC1経路の活性制御を明らかにする.同様に,野生型,並びにGdpd3 KO CML幹細胞において,幹細胞性の維持に関わるFoxo3aの細胞内局在を解析する.さらに,Duolink in situ PLA法によりCML幹細胞においてFoxo3aとbeta-cateninとの相互作用を解析する予定である(Duolink in situ PLAは、2種類の1次抗体を用い,両者が近接する場合DNAポリメラーゼの反応が進行することを利用したタンパク間相互作用の高感度検出技術である).一方, Gdpd3はリゾリン脂質を加水分解してリゾフォスファチジン酸(LPA)を産生することが知られている.しかし,Gdpd3の基質や産物となる脂質分子の脂肪酸エステルは明らかでない.そこで,リピドミクス解析により,CML幹細胞の制御におけるリゾリン脂質代謝産物の解析を行う計画である.
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