研究課題/領域番号 |
20H03534
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
河上 裕 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 特任教授 (50161287)
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研究分担者 |
久保 亜紀子 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 助教 (50455573)
潮見 隆之 国際医療福祉大学, 医学部, 教授 (80348797)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | がん微小環境 / がん遺伝子 / 脂質代謝 / 免疫抑制 / 免疫チェックポイント阻害薬 |
研究実績の概要 |
脂肪酸代謝酵素阻害剤の抗腫瘍免疫応答における作用を、2つの近交系マウスを用いた4つの異なるマウス腫瘍モデルで検討した。最初に投与後の血中脂肪酸の測定、特に酵素の基質と代謝産物の比の変化により、マウス体内で本酵素活性が阻害されていることを確認した。全ての腫瘍モデルで、阻害剤投与により腫瘍増殖抑制効果が示され、その効果は抗体を用いたCD8+T細胞除去により消失し、また腫瘍組織中CD8+T細胞の浸潤増加、腫瘍抗原特異的CD8+T細胞の誘導増強が認められ、本脂肪酸代謝酵素が、個体レベルで抗腫瘍CD8+T細胞応答の抑制作用をもち、その阻害が腫瘍抗原特異的T細胞の誘導増強を介して抗腫瘍効果を促進することが確認された。その作用機序を解明するために、最初にがん細胞への作用を検討した。in vitroで酵素阻害剤をがん細胞株に作用させると、CCL4などの樹状細胞リクルート作用をもつケモカインの産生を抑制することが判明した。その作用の一部はb-カテニンシグナルを介していることが見つかった。実際、酵素阻害剤投与では、腫瘍組織内の樹状細胞浸潤が増加していた。以上の結果は、本脂肪酸代謝酵素が、がん細胞のケモカイン産生低下を介して、樹状細胞の腫瘍内浸潤、その後のCD8+T細胞の誘導・腫瘍浸潤を抑制していること、がん細胞における本脂肪酸代謝酵素の作用は、一部b-カテニンシグナルを介していることが確認された。ヒト大腸がん組織の網羅的遺伝子解析でも、本代謝酵素の発現が高く、b-カテニンシグナルが亢進しているサブタイプが見つかり、CD8+T細胞浸潤が少ないnon-T cell inflamed状態であることが確認された。したがって、本代謝酵素阻害剤は、免疫チェックポイント阻害薬などのがん免疫療法の開発に有用である可能性が示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
予備実験結果に基づいて、まず、2つの異なる近交系マウスと4つの異なるマウスがん細胞を用いて、酵素阻害剤を用いて、本脂肪酸代謝酵素の個体レベルでの作用の確認を行った。その結果、予備実験通りに、本代謝酵素が抗腫瘍T細胞の抑制にかかわっていることの一般性が確認された。また、細胞レベルでの検討を進め、本酵素が腫瘍組織への樹状細胞リクルートの低下を来すこと、それがその後の腫瘍抗原特異的CD8+T細胞の誘導、および腫瘍内浸潤の低下(non-T cell inflamed状態)につながる可能性が示され、本代謝酵素を軸とした本研究の遂行が重要なことが確認され、本研究のマイルストーンの重要な最初の段階が解決されたと考えている。次に、その機序の解明のために、まず、本代謝酵素を発現するがん細胞における意義の検討を行い、本酵素による脂肪酸代謝が、樹状細胞を腫瘍内にリクルートするケモカインの産生低下を介して、抗腫瘍免疫応答を抑制することが明らかになった。その際、がん細胞のb-カテニンシグナルも関与することが判明し、本研究テーマである、がん遺伝子活性化と脂質代謝と免疫抑制の連関の可能性が示され、さらなる分子レベルでの解明が重要であることが確認された。マウス腫瘍モデルに加えて、ヒト大腸がんにおいて、網羅的な遺伝子発現解析から、本脂肪酸代謝酵素とがん遺伝子とnon-T cell inflamed状態の関係を解析したところ、そのようなサブタイプの存在が見いだされ、本脂肪酸代謝酵素のヒトがんにおける重要性、酵素阻害剤等のがん免疫療法へに使用など、臨床応用の可能性を示すことができ、本年度は、十分な研究の進捗が見られたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究で、本脂肪酸代謝酵素の個体レベルでの免疫抑制への関与と酵素阻害剤による免疫抑制の解除の可能性、またがん遺伝子活性化との関係が、異なるマウス腫瘍モデルとヒト大腸がんで確認できたので、今後、細胞・分子レベルでの、より詳細な機序解明を進める予定である。本年度はがん細胞における本代謝酵素の意義の検討を開始したが、がん細胞への遺伝子導入や遺伝子ノックダウンなどの遺伝子介入実験により、分子レベルでの詳細な機序解明を進める予定である。脂肪酸代謝とがん遺伝子活性化と免疫抑制の機序との関係の詳細な解析が必要である。また、がん細胞に加えて、本脂肪酸代謝酵素の各種免疫細胞における意義を、各種免疫学的なin vitro実験、および本代謝酵素ノックアウトマウスなどを用いて、細胞・分子レベルで進める予定である。個体レベルでは、本脂肪酸代謝酵素阻害剤やがん遺伝子阻害剤と、PD-1/PD-L1抗体などの免疫チェックポイント阻害薬との併用による抗腫瘍効果増強作用の可能性の検討と、もし併用効果が確認できれば、併用におけるがん免疫増強効果の細胞・分子レベルでの機序解明を進める予定である。また、大腸がんに加えて、肝がんなどの各種ヒトがんにおける本脂肪酸代謝酵素、がん遺伝子、免疫抑制とその機序の関係、さらに、免疫チェックポイント阻害薬の治療効果や免疫応答における、本脂肪酸代謝酵素や各種代謝脂肪酸の臨床的な意義を検討する予定である。
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