社会性行動にほとんど影響を残さない生理的なレベルのストレス反応と、社会回避行動など情動の変調を引き起こす過度のストレスによる脳内反応について、これらの神経基盤の相違点については不明な点が多く残されている。本研究では、脳全体を対象としてストレスによるFos発現を指標とした神経活動の三次元イメージング解析を通して、情動変容に関わる神経回路の特定とその機能を細胞レベルで解明することを目的としている。昨年度までの研究において、繰り返し社会的敗北ストレスによって脳幹の青斑核が顕著に活動亢進すること、単回と繰り返しのストレスでは青斑核内の異なる細胞集団が活動亢進する可能性を見出してきた。 当該年度では、これらの細胞集団の活動亢進が社会性行動に及ぼす影響を解析するために、化学遺伝学的な神経活動操作を用いた行動実験および光遺伝学的に神経活動を操作するための実験系を確立した。当初、化学遺伝学的技術を用いた実験では、抑制性の人工受容体であるhM4Diの青斑核における発現効率が低く、ごく一部の細胞にしか発現しないため実験の実施が困難であった。しかし、独自に開発してきた、青斑核の細胞に選択的に遺伝子発現を誘導できるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを改良することにより発現効率を向上することに成功した。この改変型AAVと、逆行性感染性のAAVrg-Creを組み合わせることにより神経回路選択的かつ細胞種選択的なhM4Diの発現が可能になり、これまでに機能が報告されている細胞集団とは異なる細胞集団の活動抑制が、ストレスによる社会回避行動を抑制することを見出した。 これらの研究を通して、社会性行動にほとんど影響を残さないレベルのストレスと、回避行動を誘導する角のストレスの相違点およびそのメカニズムとして、特定の青斑核の細胞亜集団の神経活動の亢進が関与する可能性を見出した。
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