腫瘍内低酸素領域は放射線抵抗性の一因で、その量はがん患者の予後不良と相関する。よって、腫瘍内低酸素分画を簡便かつ正確に測定する方法や、腫瘍内低酸素を標的とする治療法を確立することにより、個別化放射線治療の実現に繋がると期待されている。本研究では、腫瘍内低酸素分画を簡便にモニターする血液マーカーとして、また低酸素がん細胞に起因する放射線抵抗性を克服する治療標的として有用な、serine protease inhibitor Kazal-type I (SPINK1)を同定した。 細胞抽出液と培養液を対象にしたウェスタンブロッティング、およびELISA実験によって、SPINK1タンパク質が細胞外に直ちに分泌されることを見出した。培地中に蓄積したSPINK1蛋白質の量は細胞内のSPINK1 mRNA量と強く相関した。移植腫瘍への酸素供給量を人為的に減少させるとその程度に相関して腫瘍内と血漿中のSPINK1量が増加した。以上の結果から、低酸素領域から血中に分泌されたSPINK1を指標に腫瘍内の低酸素分画を予測できる可能性を確認した。 次に、SPINK1の機能を阻害することによる放射線増感効果を検証した。コロニー形成試験を通じて、SPINK1タンパク質がパラクリン的に作用して、がん細胞の放射線抵抗性を誘導することを見出した。この時、SPINK1を受容した細胞内でDNA損傷修復能(特に相同組換え修復能)が活性化して放射線照射によるDNA二重鎖切断量が減少すること、また、照射後のアポトーシスが減少することを見出した。最後に、抗SPINK1中和抗体による放射線増感効果を確認した。 以上の結果から、低酸素がん細胞がSPINK1を発現・分泌して、低酸素領域近傍のがん細胞に放射線抵抗性を付与するという新たな放射線抵抗性誘導機構の存在と、SPINK1を治療標的とする意義が確認された。
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