胚発生で心臓前駆細胞 (CPCs) が「自己」を確立する分子機構の知見は、先天性心疾患の分子病態の理解と、幹細胞を用いた再生医療に極めて有益である。申請者は独自の研究で、将来心臓となる最初期の中胚葉からCPCsへと分化していくまでの「中間状態にある細胞」が、Gfra2遺伝子と遺伝子X (知財関係で遺伝子名を公表せず)の発現を開始することを発見した。この独自の知見を起点とし、本研究はいまだに多くが不明のCPCsの自己確立過程におけるシグナル、細胞間相互作用、そして分化経路を包括的に理解し、この自己確立の分子機構を解明するための基盤研究を目的とした。分化のステージをGfra2と遺伝子Xの発現開始の前後に分け、以下の2つの要素項目の達成を目標とした:(1) CPCsの自己確立の過程におけるマウス胚に対する網羅的シングルセル解析と、(2) Gfra2と遺伝子Xが、CPCsの自己確立過程で発現するために必要十分なエンハンサーの同定を行う。 項目(1)では、既報の論文で受精後6.5日胚から7.5日胚に対して行ったシングルセル解析(scRNA-seq)データと、独自に得たシングルセル・オープンクロマチン領域解析(scATAC-seq)データとを統合・解析し、(i) 心臓中胚葉からCPCsに至るまでに4つにステージに分けることができること、(ii) この間にクロマチンの大規模かつ急激なリモデリングは生じていないこと、(iii) CPCsの自己確立はロバストな現象であること、そして(iv) 各ステージで特異的なシグナル経路が活性化していることを明らかにした。 項目(2)において、遺伝子Xに対するエンハンサー解析では、Xの発現誘導に必要かつ十分な約300bpほどのエンハンサー領域を同定した。 これらの知見をもとに、今後はさらにCPCs分化を支える分子機構の理解を深めていきたい。
|