心疾患,とりわけ心筋梗塞などの虚血性心疾患は世界の死因の第一位を占めており,たとえ急性期を生き延びたとしても,我々には失われた心筋組織を再生させる能力がないため,残った心筋組織が心機能を支えきれなかった場合には心リモデリングから心不全の発症にいたる.心不全の患者数,死亡者数は増え続け,現在ではパンデミックの様相を呈している. このような現状の背景には,我々のような哺乳類の成体の心臓では,大部分の心筋細胞が増殖能を持たず,そのため我々には障害を負った心筋の再生能がないという事実がある.一方ゼブラフィッシュやイモリ,哺乳類の胎児および出生直後の新生児では,多くの心筋細胞が細胞周期に入る能力があり,彼らには心筋再生能がある.すなわち心筋細胞が細胞周期に入る能力と心筋再生能には完全な対応があり,その制御機構を理解することは,心筋再生法の開発に大きく資すると考えられる.しかし現在まで,哺乳類の成体の心筋細胞において細胞周期を再び活性化できる分子機構に関する知見は断片的なものにとどまっている. 我々は,マウスにおいて心筋細胞の細胞周期制御に酸化ストレス応答が重要な役割を果たすことを示してきた.本年度は出生後の心筋細胞において酸化ストレスへの応答を担うメカニズムについて検討し,非心筋細胞も含めた段階的なストレス応答の活性化が心筋細胞の細胞周期停止において重要であることを示唆する結果を得た.今後はこれらの経路への介入により,新生仔期の心筋再生能を持つ期間の延長が可能か,さらに成体において心筋再生が可能になるか検討する予定である.
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