研究課題
本研究は抗リン脂質抗体(aPL)による神経障害機序を解析することを目的としている。当該年度において、申請者らは、aPLのマウスモノクローナル抗β2グリコプロテインI(GPI)抗体であるWBCAL-1がどの中枢神経系細胞に結合するかを免疫組織化学法で評価した。浸透圧ポンプを用いた14日間のWBCAL-1投与モデルで、コントロールIgG投与群と比較し、海馬CA2-3領域の神経細胞へのWBCAL-1沈着を認めた。WBCAL-1と神経細胞との結合には、対応抗原であるβ2GPIが必要であるが、免疫組織化学法でβ2GPIが海馬CA2-3領域に特に多く検出された。神経細胞死について、TUNEL染色ではWBCAL-1投与群とコントロールIgG投与後群の間で差はなかったが、ミクログリアではCD68発現が高い活性型ミクログリアがWBCAL-1投与群で多くみられた。アストロサイトの差はなかった。β2GPIに関連し、β2GPIノックアウトマウスを作成し、上述の現象のキャンセルについて早期に確認を行う方針だったが、作成に難渋した。しかし、当該年度末にはマウスの作成に成功し、実験体制を整えることができたため、今後は本マウスも含めて解析する。また、WBCAL-1及びIgG投与群それぞれで、肉眼的切除した海馬全体でBulk-RNAシークエンス解析を実施したが、遺伝子発現で有意な差はなかった。Bulk組織のために差がマスクされた可能性を考え、今後は細胞ソーティングや単細胞解析を行い、細胞レベルで解析する。最後に、aPL陽性及び陰性の全身性エリテマトーデス患者における、脳Voxel-based morphometry解析を実施したが、海馬全体容積に有意差はなかった。ただし、aPL陽性患者で、海馬容積は小さい傾向があり、検出感度の問題と考え、今年度以降も患者のリクルート及び解析を継続する。
3: やや遅れている
表現型解析がやや遅れているが、β2GPIノックアウトマウス作成にもやや難渋したことが原因となっていた。しかしながら、β2GPIノックアウトマウスの作成は終了し、今後はWBCAL-1による表現型・メカニズム解析の追求と、ノックアウトマウスを用いた現象のキャンセルについての確認は速やかに、そして効率的に行うことができるようになる。病態に深く関わる遺伝子・分子の同定については、網羅的解析の他にも、aPLの細胞障害・機能変容に関与すると予め判明している分子・パスウェイについて調べることでも、中枢神経系においては新たな知見となるため、並行して進めたい。また、aPL陽性及び陰性の全身性エリテマトーデス患者における、脳Voxel-based morphometry(VBM)解析は全研究期間を通じて行う予定としているが、初年度で既に70名を超える患者をリクルートできており、解析方針についても確立していることから、今後も更に症例数を集め、VBM解析については詳細に速やかに施行していくことができる。
今後も継続して、WBCAL-1が神経細胞及びミクログリアに与える変化について、神経細胞においてはシナプス小胞蛋白であるSynaptophysinやPGP9.5の発現量の差やGolgi-Cox染色による神経形態学的評価などを、またミクログリアにおいては蛍光Tau蛋白のmicroinjectionを介した貪食能力の評価などを介して、表現型解析を続ける。また、神経細胞及びミクログリアにおける遺伝子発現変化について、蛍光活性化細胞ソーティング(FACS)または磁気ビーズ細胞ソーティング(MACS)を用いて、神経細胞・ミクログリアを分離することで、もしくは一細胞RNAシークエンス解析を用いることで、より細胞を絞った詳細な解析を行い、Bulk解析では認められなかった神経細胞またはミクログリアの遺伝子発現において、発現差がないかを確認し、特異的な遺伝子やパスウェイの抽出を行う予定である。その後、パスウェイ解析から、蛋白レベルの解析へ繋げるが、aPLの中枢神経系細胞における病因に働くシグナル経路・蛋白(特に細胞表面分子や液性分子)を同定し、機能獲得・抑制実験へ繋げることで新規治療標的の同定を行いたいと考えている。また、作成したaPL対応抗原であるβ2GPIのノックアウトマウスを用いて、CA2-3領域におけるβ2GPI発現の消失を確認するとともに、WBCAL-1によって誘発される表現型や遺伝子発現差、蛋白レベルでの消失などについて、速やかに確認する。最後に、aPL陽性及び陰性の全身性エリテマトーデス患者における、脳Voxel-based morphometry(VBM)解析の患者のリクルートを継続する。VBM解析についても、海馬の興味部位を細かく分けることで、差が出現するかどうか、また神経投射先脳領域における検討など解析を追加していく。
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