研究課題/領域番号 |
20H03757
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
藤井 正幸 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 講師 (00867575)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 大腸がん / 転移 / 浸潤 / オルガノイド / 遺伝子スクリーニング |
研究実績の概要 |
がんは遺伝子変異を端緒とし,エピゲノム変化、染色体異常を含む様々な遺伝子異常を蓄積しつつ進行する。昨今のシーケンス技術の進歩により、ヒトの悪性腫瘍が獲得する遺伝子変異や染色体異常を捉えることが可能となった。しかしながら,浸潤や転移をはじめとしたがんの形質異常がいかなる遺伝子異常に起因し、規定されるかはほとんど明らかとなっていない。本研究では段階的な発癌過程における遺伝学的な異常がほぼ解明されている大腸癌に焦点をあて、その進行過程でがん細胞がいかなる分子メカニズムを通じて浸潤や転移能をはじめとした悪性形質を獲得するかを明らかにしたい。具体的には、組織幹細胞培養技術であるオルガノイド技術およびゲノムワイドな遺伝子ノックアウトスクリーニングを用いた逆遺伝学的なアプローチを用い生体内における転移能などを規定する遺伝子群を網羅的に探索し、大腸癌の悪性化メカニズムを統合的に理解する。最終的にはがんの致死性に大きく関わる浸潤や転移のプロセス自体を標的とした治療法の創出を目指す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ノックアウトスクリーニングを用いた大腸癌新規ドライバー遺伝子の探索 これまでの本研究実績により、ヒト大腸オルガノイドおよびCRISPRライブラリを用いた網羅的な遺伝子ノックアウトスクリーニングが可能となった。このシステムの応用として、大腸がん肝転移に寄与する遺伝子群の探索を行なった。肝臓を含む他臓器への転移は極めて非効率的な行程であることが知られているため、転移過程におけるボトルネック効果による検出能の低減を考慮し、このスクリーニングは全遺伝子ではなく、大腸がんで有意に変異が認められる遺伝子群に対して実施した。先行研究により、大腸腫瘍は主要な遺伝子変異のみでは転移能を獲得しないことが判明している。この先行研究で作成した人工大腸がんオルガノイドを利用し、ポシティブスクリーニングを実施した。肝転移モデルとして、免疫不全マウスの脾臓へのオルガノイド移植を用いた。レンチウイルスプールを感染させたオルガノイドを移植したところ、2ヶ月後に目視可能な肝転移巣が確認された。それぞれの転移巣においてガイドRNAのシーケンスを行なったところ、特定の遺伝子に対するガイドRNAが有意に濃縮していることがわかった。さらに、その遺伝子単独ノックアウトオルガノイドを作成し、この遺伝子ノックアウトが肝転移能を上昇させることを確認した。結果として、下流パスウェイや関連分子を含めた転移メカニズムの深い理解につながる新規転移遺伝子を選出することが可能であった。
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今後の研究の推進方策 |
ノックアウトスクリーニングを用いて選出した新規遺伝子と大腸がんの転移との関連はこれまで報告されていない。また、単独ノックアウトで有意に転移能を変化させるため、転移の本質的メカニズムに関与している可能性が高い。そのため、今後はこの遺伝子や関連分子と転移プロセスとの連関について追求する。具体的には生化学的解析に加えて遺伝子摂動に伴うトランスクリプトーム変化、培養中のコロニー形成や浸潤アッセイを用いた機能的解析を行う。また、オルガノイド培養環境は増殖因子や栄養に富んだ人工的な環境であるため、遺伝子摂動を加えても培養中では変化を呈さず、生体内のみで形質が顕在化する可能性がある。その場合には転移組織のバルク解析に加えて、転移成立時の時系列変化を単一細胞レベルで把握するため、移植後早期の転移組織あるいは細胞を純化、シングルセル解析を行うことで、微細な遺伝子発現変化を捕捉する。これら解析を通じて実証される大腸がん転移関連遺伝子およびメカニズムの臨床還元性のPOC取得のため、分子アゴニストあるいは阻害剤の効果を異種移植転移モデルを用いて検討する。今回の遺伝子のノックアウトは転移巣の総数の有意な減少を誘起した。そのため、この遺伝子は転移成立後の腫瘍発育ではなく、転移成立時に存在するボトルネックに作用する可能性が高いと考えられる。そのため、一般的な化学療法のような腫瘍増殖の抑制ではなく、転移の予防や成立阻害に寄与することが予想される。その場合には化学療法との併用により、転移巣の数および量の双方を低減することが期待できる。
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