研究課題/領域番号 |
20H04084
|
研究機関 | 名古屋学院大学 |
研究代表者 |
近藤 良享 名古屋学院大学, スポーツ健康学部, 教授 (00153734)
|
研究分担者 |
三浦 裕 北海道教育大学, 教育学部, 教授 (50142774)
戸田 聡一郎 東京大学, 大学院情報学環・学際情報学府, 助教 (90619420)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | ドーピング / 遺伝子工学 / 脳科学 / エンハンスメント |
研究実績の概要 |
本研究は、現在のドーピング検査では検出不可能なドーピング技術として、遺伝子工学を利用した遺伝子(gene)ドーピング、脳科学を利用した脳(brain)ドーピングを対象にして、この2つのドーピング技術が選手やスポーツ界にどのような影響を与えるかについて、生命倫理学とスポーツ倫理学の視点から考察しようとした。 遺伝子ドーピング問題については、WADA(国際アンチ・ドーピング機構)が2003年に「遺伝子治療を応用する方法」としてドーピング禁止規程に加える前に実施されたBunbary会議を詳細に分析した。発表の結論として、2003年当時は、スポーツ界におけるドーピング問題について、遺伝子組換え、遺伝子工学、医療に携わる研究者らには深刻に受け止められていなかった。彼等は選手らの「自己決定権」や「患者の自律」を前提に、エンハンスメントに繋がる医療、処置を行っていた。2000年当時、遺伝子組換えの安全性に懸念があり、まだ遺伝子治療をドーピングに応用、適用する可能性は低かったが、違反検出という意味で実効性がないとは言え、重大性の観点からドーピングの禁止方法とした。 他方、脳ドーピング問題については、研究分担者による「司法における神経科学の適用可能性:ニューロフィードバックから考える量刑の軽減・再犯防止への含意」と題した論文の掲載が決定した。この論文は「ニューロフィードバック」という新しい神経科学技術の法哲学的考察を行ったものであるが、スポーツにおいても、この技術の応用次第で、十分に「パフォーマンスの向上(エンハンスメント)」につながる可能性が示唆された。競技の上での注意能力の向上、判別能力の向上といったパフォーマンスに共通して寄与する能力がドーピング検査当局に「検知されることなく」向上できる技術であることが明らかにされた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
前年度は、新たに研究分担者も加わり、幾つかの課題を設定した。最初の遺伝子工学に関する課題として、海外研究協力者(イギリス、カナダ、アメリカ、ドイツ、ノルウエーなど)と共に、カルタヘナ法(遺伝子組換え生物等規制法)に基づき、日本と欧州、北米などの国々や関係国における遺伝子編集・組換え技術の規制についての現状と課題を分析する。日本の状況については、消費者庁や厚生労働省医薬・生活衛生局食品基準審査課の見解や日本学術会議・哲学委員会・いのちと心を考える分科会による「人の生殖にゲノム編集技術を用いることの倫理的正当性について」の提言に着目する。 2つめは、WADAが2003年に禁止した「遺伝子治療を応用する方法」の策定経過の再評価であり、その禁止規程からほぼ20年が経過する中での遺伝子ドーピング問題へのWADAの対応を評価し始めている。たとえば、ドーピング検体の8年後検査、10年後検査体制を検討している。 3つめは、脳科学のニューロフィードバック(NF)法の選手らへの応用可能性の課題である。脳科学のニューロフィードバック法に加えて、「検知不可能なニューロドーピング」は数多く存在する。現在まで「検知不可能なドーピング」の要件は何かを探究するとともに、ドーピングか否かの基準を決定するアプローチよりも「エンハンスされた機能」をどのように扱えばよいのかというエンハンスメント議論に向かおうとしている。 現状までをまとめると、最初の課題は、国際シンポジウムや国際スポーツ哲学会がコロナ禍で中止となり海外研究協力者との対面による意見交換が出来なかったが、2つめの課題は、「遺伝子治療を応用する方法」の禁止規程の作成過程が詳細に分析され研究発表につなげた。さらに3つめの課題は、脳ドーピング問題に繋がる基礎研究の成果が示すことができた。
|
今後の研究の推進方策 |
まず、各国の遺伝子編集技術、脳科学の応用についての意見を集約するために質問事項を精選して半構造化アンケートを作成する。それを2021年9月に開催予定の国際スポーツ哲学会の学会大会(クロアチア)にて各国の研究者らにインタビューを実施する。仮にコロナ禍での制約(学会大会中止、延期)があれば、事前に質問を送信して、質疑や意見交換はインターネットを通じて実施する。現状では、尿検体の10年後再検査システムがあるとは言え、ゲノム編集や脳科学の応用はドーピングとしての痕跡が残らないことから特異体質の選手と解釈、判定されるであろう。こうした事態を仮定すると、今後はパフォーマンス向上のために様々な科学技術を「エンハンスメント(enhancement)」として応用することの是非が問われる。 また、脳科学の視点からドーピングの倫理的・法的・社会的問題(ELSI)に貢献する議論を展開する。具体的には、「検知不可能とはどのような事態か」、「ドーピングとはなにか」という語に引きずられると、結局のところ、形而上学的問題に取り組まざるを得ない。しかし、まずはプラグマティックな手法に徹し、「検知不可能なドーピングを前にして私たちは何ができるか(するべきか)」「その基準はどのようなものであるべきか」という政策・ガバナンスの観点からも考察を深める。 本研究においては、現状で遺伝子ドーピングや脳ドーピングが検査による陽性検出が不可能であることを鑑みて、検出可能なドーピング問題を超えた、「エンハンスメント」の議論を展開していくことになる。ドーピング問題としてのエンハンスメント論を、生命倫理学(自己決定権、世代間倫理、インフォームド・コンセント)やスポーツ倫理学(公正、平等、正義、フェア)の諸原理に基づいて考察を行っていく。
|