本研究は,光線場の操作によって物体知覚をどこまで騙すことができるか,知覚メカニズムを考慮することで光学限界をどの程度超えることができるかを核心となる学術的な問いとし,空間型拡張現実感によるシミュレーテッドリアリティの実現を試みた.本研究ではこの研究のために,複数のプロジェクタとアレイ状に配置した鏡を用いた4自由度の光線場投影装置を製作し,この装置を用いてa)錯視の誘発による光学限界を超えるシミュレーテッドリアリティと,b)マルチミラー型ライトフィールド投影装置を用いた高品位な見かけのBRDF操作に取り組んだ. a)については,はじめに装置の校正方法と光線場の生成方法を確立し,算出された光線場を光線場投影装置を用いることで,装置のステージ上で点光源や平行光源,拡散光源などの照明環境を仮想的に再現する手法を確立した.さらに,2022年度には光線場投影装置に鏡とプロジェクタを追加し,天頂角の範囲を40度から75度に拡大した.また,水平方向の投影において12の方位角からの投影を可能にした. b)については,鏡面反射を仮定して各視方向に所望の色彩を提示するための光線場の生成を行うことで,アルミの外装のノートパソコンや金属の装飾品,ガラスの器などのように,鏡面反射を有する物体表面の配光分布を操作して所望のBRDFの色彩に変化させる質感提示技術を実現した.その後,2022年度から2023年度には,この技術による質感提示結果の解析とユーザスタディによる評価を行い,非平面物体でのBRDF提示で生じるスペキュラ周りのグラデーションの反転や圧縮が,質感知覚に影響しないことを明らかにした.これにより,提案手法の有効性を確認した.また,2023年度には拡散板と光線場の事前補償を用いて入射光線の開口数を拡張し,今までの装置では表現が困難であった,金属光沢を持つ物体のマットな質感への操作を実現した.
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