研究課題/領域番号 |
20H04379
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研究機関 | 名城大学 |
研究代表者 |
新妻 靖章 名城大学, 農学部, 教授 (00387763)
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研究分担者 |
高橋 晃周 国立極地研究所, 研究教育系, 准教授 (40413918)
細田 晃文 名城大学, 農学部, 准教授 (50434618)
富田 直樹 公益財団法人山階鳥類研究所, その他部局等, 研究員 (90619917)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 水銀汚染 / 海洋生態系 / 高次捕食動物 / 安定同位体 / 生物濃縮 |
研究実績の概要 |
海洋環境中に存在する有機水銀は生物濃縮によって高次消費者に蓄積され,たとえ低濃度の蓄積であっても神経障害などの悪影響を与える.低濃度の水銀汚染の場合,高次捕食動物の行動,生理,生態への影響を評価することは難しい.本研究では海洋生態系の高次捕食動物であるウミネコを研究対象種とした.異なる時期の水銀暴露を反映する血液と羽を用いて,栄養段階の指標となる窒素安定同位体比と水銀濃度を測定することで,餌の栄養段階の違いを考慮した水銀暴露を評価した.青森県蕪島,弁天島と新潟県粟島のウミネコ組織の水銀濃度と窒素安定同位体比を分析したところ,餌の栄養段階の違いを考慮した水銀濃度は繁殖期の水銀暴露を示す血液と非繁殖期の水銀暴露を示す風切り羽(PL10),胸羽,頭羽においてどちらも粟島の個体で有意に高かった.ウミネコは繁殖期では繁殖地周辺海域で採餌を行うこと,粟島の個体は非繁殖期には主に日本海側を,蕪島・弁天島の個体は太平洋側を移動していることを考慮すると,太平洋沿岸に比べて日本海で水銀濃度が高いことが示唆された.この結果は先行研究とは異なる新しい知見である.調査範囲が限定されているが,新潟県粟島や越冬域と推定される海域が水銀のホットスポットとなっている可能性が考えられる.非繁殖期期の水銀暴露を示す羽において,粟島で繁殖する個体は瀬戸内海や韓国の南海などで越冬するという報告があり,これらの地域で水銀を暴露した可能性が考えられる.また,生物個体の生物学的年齢の指標となる染色体の末端に位置するDNA部位のテロメアを測定したところ,水銀濃度が血液より肝臓では,同一個体内で肝臓のテロメアがより短縮したという,新たな知見を得ることができた.この結果は,低濃度の水銀汚染による高次捕食動物の生理的な影響としてテロメア短縮が起こることを示唆する.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究の目的は,日本沿岸で繁殖するウミネコを研究対象種とし,複数のウミネコ繁殖地から親鳥の血液,羽と餌生物を採集し,水銀汚染の実態を把握すること,各羽の水銀濃度とジオロケータを用いた移動軌跡から採食海域を特定すること,および窒素安定同位体比よる餌生物の栄養段階を測定し,餌生物の栄養段階を考慮した上で水銀汚染ホットスポットを特定することである.しかし,コロナウイルス感染症の収束の見通しが立たず,予定していた野外調査を縮小して実施した.その結果として,当初予定した計画はやや遅れることになった.19年度に予備調査としてジオロケータを装着したウミネコ5羽のうち,3羽よりジオロケータの回収ができ,移動軌跡の分析を進めているところである.移動軌跡と上記した血液,羽の水銀濃度と窒素安定同位体比の値を重ねることで,太平洋沿岸の水銀汚染のホットスポットの特定を進めることができる.また,青森県蕪島,北海道天売島,新潟県粟島の繁殖地にてジオロケータの装着を実施したので,22年度の野外調査にてウミネコを捕獲し,ジオロケータを回収することで,太平洋や日本海沿岸におけるウミネコの移動軌跡および血液,羽の水銀濃度と窒素安定同位体比の情報を得ることができる.これまでのところ,ジオロケータを用いた移動軌跡から採食海域を特定することができていないが,太平洋側および日本海側におけるウミネコの繁殖期と越冬期の水銀汚染状況が餌生物の栄養段階を考慮した上で評価できているため,遅れている計画を22年度には予定通りに進めることが可能となる.また,低濃度の水銀汚染による行動,生理,生態への影響を検出することは難しいが,テロメアの短縮が水銀汚染により,起こりやすくなることが示唆された.予定した計画を修正した結果,これまでにない新たな結果を得ることができた.
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今後の研究の推進方策 |
昨年度に装着したジオロケータを回収し,ウミネコの年間の移動軌跡の解析と採食海域の特定を進める.また,ジオロケータの回収と同時に新たなジオロケータを装着し,より多くの個体から移動軌跡のデータを得る.ジオロケータを装着する際に,ウミネコの吐き戻し,血液と各種羽を回収し,それらの水銀濃度と窒素安定同位体比を測定する.吐き戻しについては,DNA分析により餌生物種を同定する.これらにより,どの餌生物より水銀を摂取しているのかを特定する.また,海域間の海洋生態系の食物網の構造を把握するため,各調査地で海水を濾過し,海水中の粒子態有機物の窒素安定同位体を測定する.
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