研究課題/領域番号 |
20H04495
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
鹿子木 康弘 大阪大学, 人間科学研究科, 准教授 (30742217)
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研究分担者 |
松田 剛 関西大学, 社会学部, 准教授 (70422376)
高橋 英之 大阪大学, 基礎工学研究科, 特任講師(常勤) (30535084)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 乳児 / 道徳 / 認知発達 |
研究実績の概要 |
近年の発達科学の研究から,乳児であってもいじめを止める正義の味方を選好するなどの原初的道徳観を有していることが報告されている (Kanakogi et al., 2017, Nature human behavior)。しかし従来の受動的な観察にもとづく乳児の研究手法では,間接的にしか原初的道徳性の存在は示唆されていなかった。つまり,乳児が真に道徳的に振舞うのか,乳児自身の道徳的行動そのものに着目した研究は現状では皆無である。 そこで本研究では,視線入力インタフェース技術を用いた独自の参加型認知実験パラダイムを構築し,今まで方法論的な限界により検証不可能であると考えられていた乳児の他者に対する道徳的ふるまいを明らかにすることを目的とした。 令和2年度の目標である実験パラダイムの確立は,下記にあるように順調に進んでいる。本研究が完成すれば,従来研究から漠然と示唆されていた乳児の道徳性の実証が可能になるだけなでなく,乳児の行動そのものを測るという乳児研究手法のコペルニクス的転回が実現できると期待している。本方法論は,対象に対する働きかけを可能にし,対象への行為といった直接的な指標を計測できるところが革新的であり,認知発達研究全般におけるパラダイムシフトの契機となりえる。また,本研究により乳児の道徳性が明らかになれば,古代からの哲学的議論や,一般的な関心の的にもなる“性善説”についての実験的知見を提供できる。 これらにより,乳児の道徳的行動を直接観測することで,分断が叫ばれる現代社会に横たわる様々な問題の背後に存在する道徳性や暴力性の発達的要因の解明がより進むことも期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の最終的な目標は,乳児の他者への道徳的ふるまいをさまざまな文脈で明らかにすることである。そのために,令和2年度は,まず,乳児が視線によって他者への行動を選択できる参加型の認知実験パラダイムを開発し,乳児が攻撃者に罰を与えるかどうかという行動を計測した。 令和2年度の課題では,まず乳児がアイトラッカー画面上の幾何学図形のキャラクタのどちらかを一定時間注視すると,イベント(石が落ちてきて,そのキャラクタがつぶされる)が発生することを学習させた。動画視聴前では,反応のベースラインとして,左右に配置される2体のキャラクタのどちらに石を落とそうとするかを計測した(理論的には左右の視線定位は50%ずつとなる)。そして,片方のエージェントが他のエージェントを攻撃する相互作用をみせた。攻撃相互作用は,申請者自身の研究(Kanakogi et al., 2013; 2017)で用いられおり,その実用性が保障されている。動画視聴後では,再び2体のエージェントを繰り返し提示し,乳児が左右のどちらのエージェントに石を落とすかを計測した。分析では,動画視聴の前後で,乳児が各エージェントのどちらへ石を落とそうとしたかを比較した。 その結果,動画視聴後に攻撃者に対して石を落とそうとする視線定位が増加した。これは乳児自身が他者を罰するような道徳的行動を示したといえる。続く統制実験によっても,この行動には乳児の意思決定が含まれることが示唆されつつある。よって,令和2年の目的である参加型認知実験パラダイムを確立することができたといえ,当初の計画通り順調に進んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
今年度(令和3年度)は,道徳的行動に伴う乳児感情の推定を行う予定である。本研究課題では,令和2年度の成果によって明らかとなった視線による他者を罰するような行動が,どのような情動状態によっておこなわれているかを明らかにすることを目的とする。具体的には,乳児が攻撃者を罰する際に,快の情動(悪者を楽しんで罰する)が生起しているのか,不快の情動(悪者を怖がって罰する)が生起しているのかを,乳児に適用可能である心拍変動 (Waters et al., 2014) といった生理指標を用いて検証する。これにより,乳児の道徳行動の背後にある価値判断メカニズムを明らかにし,視線による道徳的な行動が乳児の道徳性を真に反映しているかどうか検証をする予定である。 しかし,もしコロナ禍の状況下で身体接触を必要とする生理指標を嫌うような感情が実験参加者に生じる場合は,以下の乳児との接触を伴わない実験課題を優先して行う。 令和2年度の成果によって明らかにされた道徳行動は,「他者に罰を与える」という報復的正義の文脈であるが,正義には「他者を助ける」といった回復的正義もある (Riedl et al., 2015) 。そこで,本研究課題では,悪いエージェントに罰を与える行動ではなく,攻撃された犠牲者のエージェントを慰めるような道徳的ふるまいを示すかどうかを検証する。これは,上述した実験の随伴イベントを「罰を与えるイベント」から,「報酬を与えるといったポジティブなイベント」に変更することによって検証可能である。どのようなイベントが乳児にとってポジティブなのかが明白でないため,その初歩的な効果検証から探索的に研究を進める予定である。
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