研究課題/領域番号 |
20H04525
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
安楽 泰孝 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 特任准教授 (60581585)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 薬剤送達システム / スマートベシクル / 血液脳関門 / 抗体医薬 / 高分子 |
研究実績の概要 |
脳は血管内皮細胞間の結合が極めて強固なために、血管内腔から脳実質部への物質輸送が著しく制限されている(血液脳関門: BBB)。そのために、アルツハイマー病(AD)等の脳神経系(CNS)疾患の治療に十分量の薬剤を、全身投与によって脳実質部に送達し、機能させられない事が大きな課題となっている。すなわち、「BBBを越えて、抗体等の高分子医薬を高効率で脳実質部に送達して機能させる方法論を創出できるか?」という「問い」はまさにCNS疾患の抜本的治療が実現できるかどうかの核心であり、これまでにも世界各国の研究グループによって様々なアプローチが検討されてきたものの、未だ達成されていない挑戦的な研究課題である。この課題を解決するために本研究では、BBBを突破して脳実質部に浸透し、さらには脳内環境に応答して抗体医薬を放出することで機能を発現させるウイルス・サイズの薬剤送達システム(DDS)を、生体適合性に優れた高分子材料の自己組織化に基づいて構築し、CNS疾患の革新的治療法を確立することを目的とする。 当該年度は前年度までに確立した抗体を内水相に搭載したスマートベシクル (IgG@SV)を用いて、① SV表層のグルコースリガンドのGLUT1認識能の評価と② 脳内環境を模倣した還元環境におけるIgG@SVからのIgGの放出について検討を行なった。特に②については、次年度に計画しているin vivo実験の前準備として(ex vivo)、ADマウスの脳を用いてよりin vivoの条件に近いAβが沈着した培養脳切片を作成し、放出されたIgGの標的指向性を評価した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の計画を前倒してIgG@SVの標的指向性・環境応答性試験まで研究を進めた結果、所望の機能を有するIgG@SVを開発し、下記の特筆すべき成果を得ることに成功した。 1) 表層に存在するグルコースリガンドの%を変えたIgG@SVを、GLUT1を発現するMDA-MB231細胞を用いて取り込み試験を実施したところ、グルコースの有無により細胞取り込み能が有意に変化し、さらにGLUT1阻害剤であるフロレチンを加えたところ、取り込み量が劇的に減少した。これらの結果は、IgG@SVが細胞表面のGLUT1を的確に認識していることを支持する結果である。 2) IgG@SVを脳内環境を模倣した環境で静置し、IgGの放出挙動を評価した。その結果、血液中を模倣した環境ではSVが安定に抗体を保持し、一方で脳実質を模倣した環境ではSVが解離しIgGが速やかに放出されることを確認した。 3) 上記の2)の実験で放出したIgGを、ADマウスの脳を用いて調製した培養脳切片に播種し、AβをチオフラビンTで蛍光染色し、共焦点顕微鏡で観察した。放出されたIgG由来の蛍光とAβ由来のの共局在が観察されたことから、Aβに対する放出されたIgGの標的指向性を確認した。 4) 次年度に計画していたIgG@SVの血中循環性を評価した。その結果、血中半減期6時間と、BBBを通過して脳への薬剤送達に十分な血中安定性を有することを確認した。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに構造・機能発現の最適化を行なってきたIgG@SVを用いた①体内動態試験、②治療効果と安全性試験を実施する。 ① 体内動態試験: 蛍光標識化抗体を内包したSVをADマウス尾静脈より投与し、(a) 脳実質内における抗体放出能、(b) Aβ認識能を、生体内での挙動をリアルタイムで観察可能なin vivo共焦点顕微鏡(IVRTCLSM)を用いて評価する。とりわけ(a) 抗体放出能については、抗体とPIC型ベシクルに異なる蛍光色素を標識し、BBBを通過するまでは2色が共局在し、BBB通過後にベシクルの解離に伴って局在が解消される挙動を追跡する。(b)については脳切片を作成後に上記のex vivo試験で使用したThTでAβを染色し、放出された抗体由来の蛍光との局在を評価する。 ② ADモデルマウスに対する治療効果と安全性試験: ADマウスを対象として、細胞外Aβオリゴマー(ABO)を標的とした治療に取り組む。モデル としては、Aβ病理(老人班)といったAD病態が再現される遺伝子改変マウス(APPK670N,M671L)を用いる。治療効果は、脳内におけるAβ蓄積の定量、組織切片によるミクログリア極性の検討や、Morris型水迷路試験をはじめとした行動解析で評価する。有意な治療効果が確認された抗体内 包PIC型ベシクルに対しては、血球数、AST(肝傷害)、クレアチニン(腎傷害)などを指標とした安全性試験を行う。
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