研究課題/領域番号 |
20H04532
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研究機関 | 北陸先端科学技術大学院大学 |
研究代表者 |
松村 和明 北陸先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 教授 (00432328)
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研究分担者 |
林 文晶 国立研究開発法人理化学研究所, 放射光科学研究センター, 上級研究員 (00450411)
Rajan Robin 北陸先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 助教 (70848043)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 凍結保存 / 両性電解質高分子化合物 / NMR |
研究実績の概要 |
両性電解質高分子であるカルボキシル基導入ポリリジン(PLL-(0.65))溶液、比較対象として、凍結保護効果の高いDMSO溶液、凍結保護効果のあまり見られないアルブミン(BSA)溶液、ポリエチレングリコール(PEG)溶液、保護効果のない生理的食塩水について、0℃から-41℃までの水分子および塩(イオン)の運動性を固体NMR測定により評価した。その結果、低温時の水の運動性がPLL-(0.65)溶液において他の溶液に比べ顕著に抑制され粘性が上昇することがわかった。これは既報による細胞外の氷晶形成抑制とよく一致しており、氷晶による物理的ダメージの抑制だけでなく、細胞内への氷晶の侵入による細胞内氷晶形成を抑制していることが示唆される。また、PLL-(0.65)溶液中では高分子鎖にNaイオンがトラップされ、低温域でのNaイオンの運動性が低下していることも確認された。これにより、浸透圧に寄与するNaイオンの濃度がPLL(0.65)溶液において低下し、急激な脱水を抑制し、温和な条件でかつ十分に細胞内を脱水できる最適条件を達成していることが細胞内氷晶の形成の抑制を示唆する結果となった。低温時に高分子が塩や水を包含した会合体を形成し、それらの運動性が低下することで温和な条件でかつ十分に脱水が起こると共に、細胞外溶液の粘性の上昇に伴う細胞外氷晶の成長も抑えられ、結果的に細胞内氷晶の形成が抑制されることが細胞の凍結保護を可能としていることが考えられる。この機序は細胞内に浸透する既存の凍結保護剤と異なることから、新たな機序に基づく凍結保護剤の開発につながる研究成果である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでDMSOなどの低分子による細胞膜透過性の凍結保護物質については、細胞内の水の結晶化を抑制することが主な機序として報告されてきている。しかし、高分子凍結保護剤の細胞外からの保護作用の機序は詳細にはわかっておらず、最近の論文では細胞外の氷の結晶(氷晶)の成長抑制作用と説明されている。確かに氷晶は物理的に細胞を破壊するため、その抑制が重要であることは間違いがないが、一方で、細胞内に大きな氷晶が形成されることは、細胞内小器官の破壊を伴う致命的なダメージを与えるとされているため、細胞内氷晶の形成が抑制されていることが考えられる。細胞内氷晶の形成については、一般的には顕微鏡などで観察されるが、凍結時の細胞内の現象を正確に捉えることが難しいため、はっきりしたことは分からない状況であった。 今回の研究により、NMRによる分子運動を測定するという新たな観点から両性電解質高分子が、細胞の脱水を制御しているという新たな保護機構の提唱を行ったことは評価に値する研究成果であり、Communications Materials誌にて発表し、プレスリリースも行うなど、研究は順調に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
固体NMR測定により高分子や塩、水の分子運動の観点から細胞凍結保護高分子の新規機序について考察することが可能となった。この手法により効果の高い凍結保護剤の設計指針が得られることが期待される。近年高分子系の凍結保護剤の報告が盛んに行われており、その機序の解明はホットなトピックの一つである。今後は、合成高分子の手法を用い、温度可変固体NMR測定により塩や高分子、水分子の運動性を抑制するためにキーとなる分子構造の評価を行い、構造と機能の相関を調べていく予定である。この研究により、細胞だけでなく再生組織などの2次元3次元の生体組織などの効率的な保存法、保存剤の開発に役立つことが期待できる。
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備考 |
Communications Materials誌への発表に関するプレスリリース
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