研究課題/領域番号 |
20J00039
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研究機関 | 福島大学 |
研究代表者 |
武藤 将道 福島大学, 共生システム理工学研究科, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | 昆虫類 / 系統進化 / 比較発生学 / 中腸上皮 / 卵黄細胞 |
研究実績の概要 |
昆虫類の中腸上皮形成において、初原状態である卵黄細胞のみに由来する段階から、卵黄細胞と腸端細胞型の双方が関与する折衷型を得て、腸端細胞塊に由来する段階に至るという、向上進化的変遷が知られている。これは無翅昆虫類から有翅昆虫類に至る昆虫類の系統進化を考察する上で重要な比較発生学的論考である。本研究の目的は、無翅昆虫類および有翅昆虫類の代表群(イシノミ目・シミ目・トンボ目・バッタ目・カワゲラ目)を材料として、中腸上皮の由来・形成場の違いに注目した中腸上皮形成過程の高解像度な比較形態学的検討を行い、昆虫類の中腸上皮における系統進化学的議論に明確な論拠を与え、新たな系統進化シナリオを再構築することにある。 本年度は、中腸上皮形成の中間段階である折衷型の中腸上皮形成様式の実態を明らかにするため、シミ目マダラシミを材料として、中腸上皮形成過程の光学顕微鏡観察による組織学的検討および透過型電子顕微鏡(TEM)観察による微細構造学的検討に主に取り組んできた。ところが、シミ目の中腸上皮形成過程において、腸端細胞塊が中腸上皮形成に関与せず、全中腸上皮が卵黄細胞のみに由来することを示唆するTEM像を得た。この結果はシミ目の中腸上皮形成に関する理解の慎重な再検討を迫るものであり、昆虫類の中腸上皮形成の進化的解釈の再構築においてもきわめて重要であると考える。 また、前年度に引き続き、バッタ目フタホシコオロギを材料とした検討に取り組んだものの、良好な観察像が得られず、中腸上皮形成過程の全容の解明には至らなかった。さらに、イシノミ目・トンボ目・カワゲラ目についても研究の進展は不十分であった。 次年度は、これまでに得られた成果や改善点などを踏まえ、研究を発展させたい。 また、イシノミ目の新産地に関する論文を1編、カワゲラ目の羽化と幼虫形態に関する論文を2編、外来カミキリに関する論文を1編発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度は、シミ目の中腸上皮形成において卵黄細胞のみが関与する可能性を示せた点は大きな進歩と考える。しかし、シミ目同様、折衷型の中腸上皮形成を行うとされている旧翅類について、トンボ目ホソミオツネントンボを材料とした検討を実施したが、植物組織内からの卵の摘出が困難であり、組織学的検討に充分なサンプルを確保できなかった。また、実際に観察できたサンプルは中腸上皮形成が進行していた個体であったため、中腸上皮形成の理解に重要な形成の初期段階の知見が得られなかった。 前年度に引き続き、バッタ目フタホシコオロギを検討し、卵黄細胞が中腸上皮形成に関与する可能性が示唆された、孵化直前から1齢幼虫、および2齢幼虫の詳細な観察を実施した。しかし、これらの発生段階の試料作成は困難であり、議論に資する充分な解像度を有する観察像を得られず、前年度からの進展はごくわずかであった。また、イシノミ目ヒトツモンイシノミついて、前年度に提供いただいたサンプルの組織学的検討を開始し、中腸上皮が卵黄細胞のみに由来するという先行研究と同様の予備的結果が得られた。本年度は栃木県宇都宮市で最適期にサンプリングを実施し、充分な採卵に成功したほか、静岡県下田市産の個体由来の多くの卵を提供いただいた。なお、イシノミ目のサンプリングの際にイシノミ1種の新産地を発見し、論文1編を発表した。 カワゲラ目について、前年度同様、ミナミカワゲラ亜目の比較発生学的検討のために不可欠なニュージーランド(NZ)への採集調査は、新型コロナウイルスの影響により実施できなかった。しかし、カワゲラ目の羽化行動に関する論文1編や、キタカワゲラ亜目2種の幼虫形態に関する論文1編を国際誌に発表し、後者はプレスリリースや新聞報道がなされた。 そのほか、福島県に侵入した外来カミキリに関する論文1編を発表した。 以上を総合的に判断し、「やや遅れている。」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
シミ目に関しては、腸端細胞塊が中腸上皮形成に関与しないという理解を補強するための説得力のあるデータの提出が必要である。そのため、中腸上皮形成が開始する胚発生過程後期から、最終形態が完成する3齢幼虫までのすべての発生段階の詳細な微細構造学的検討を実施する予定である。 トンボ目に関しては、植物組織内からの卵の摘出を回避するため、濾紙などの人工的な基質へ産卵させることによる採卵の工夫や、打水産卵を行う種群の検討などを実施する予定である。このようにして得られた卵の試料作成を行い、組織学的・微細構造学的検討を実施する。 コオロギ目に関しては、サンプルへの樹脂や固定液の浸透を促進するため、固定時にサンプルを解剖するなどの工夫に取り組み、良好な観察像の取得を目指す。そして、得られた高解像度のデータに基づき議論を進展させたい。 イシノミ目に関しては、今後はTEMによる検討を行い、微細構造レベルでの中腸上皮形成の理解を目指す。 カワゲラ目に関しては、来年度は是非ともNZへの渡航を実現させ、ミナミカワゲラ亜目の採集および発生学的検討を実施したいが、新型コロナウイルスの感染状況次第では断念しなければならない可能性がある。その場合は、キタカワゲラ亜目ミネトワダカワゲラを主な材料として中腸上皮形成過程の検討を実施する予定である。
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