研究課題/領域番号 |
20J00328
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
三嶋 剛 東北大学, 理学研究科, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | 量子色力学 / ヒッグス粒子 / LHC |
研究実績の概要 |
大型ハドロン衝突型加速器(LHC)における素粒子実験で得られた大量のデータを有効に活用するためには、素粒子の標準模型に基づいた反応断面積の計算の信頼性を高めることが必要である。本研究の今年度の進捗によって、この目標がひとつ前進した。 具体的にはヒッグス粒子とZボソンが同時に生成される反応断面積の摂動展開における一次補正を高エネルギー展開によって解析的に計算し、論文として公表した。この計算はヒッグス粒子の対生成・Zボソンの対生成に引き続き、領域分割展開を用いた高エネルギー展開の応用例であり、すでに知られている低エネルギー展開の結果と合わせると厳密な値をほぼ再現していると期待できる。これらの物理量に関しては数値計算を用いる研究グループが複数あるが、本研究は常にこれらのグループに先行しており、数値計算グループの検算のために本研究のデータを個別に提供したことがたびたびあった。数値的手法ではひとつひとつの運動量配位におけるデータ点を計算するためには比較的大きな計算コストが必要だが、本研究の解析的結果では遥かに多くのデータ点を短時間で評価することができ、特に高エネルギー領域では不確かさは実用上ゼロとみなせるため、非常に有用である。さらに、解析的な表式では各パラメータ(トップクォーク質量など)に関して物理量がどのような依存性を持っているのかを明確に示すことができ、クォーク質量のくりこみ処方による影響を議論する際に本研究の結果が使われたという用途もある。 これまでの結果(解析的表式)はカールスルーエ工科大学のデータサーバから公開している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度は以下の2つの研究テーマに関して、予定よりも進捗が得られなかった。 1つ目は、ヒッグス粒子の対生成断面積を摂動展開の二次補正まで、低エネルギー展開を用いて計算することである。この物理量は大別して、(A)仮想粒子による二次補正、(B)仮想粒子による一次補正+実粒子の放射、(C)実粒子2つの放射、(D)パートン分布関数のくりこみに起因する補正、の4種類の寄与からなる。なお、紫外発散のくりこみに起因する補正は容易なので分類に加えなかった。(A)から(D)のそれぞれの寄与は単独では発散しており、全てを適切に足し合わせることによって有限の物理量を得ることができる。現段階でほとんどの発散項の相殺を確認することができたが、わずかに発散が残っており、計算のどこかにミスが含まれているはずである。しかしながら上記の計算はそれぞれが非常に煩雑であり、どこが間違えているのかを突き止めることに時間がかかってしまっている状況である。ただし、多くの部分で計算が正しく行えていることを確認することができており、この計算を比較的すぐに完了できる見込みはあると考えている。 2つ目は、非相対論的QCDの有効理論に現れる有効演算子の係数の計算である。この計算には科研費で購入したワークステーションを用いるのだが、本年度の予算(80万円)までで購入できたメモリの上限(64GB)では不十分であることが分かり、研究遂行経費から追加のメモリを購入し性能テスト等をおこなっていたために時間がかかってしまった。最終的には次年度の予算を用いて大幅にメモリ量を増加することを決め、次年度予算が使用できるまで研究を延期していた。
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今後の研究の推進方策 |
まずは現在取り組んでいる2つの研究テーマを完了させる。 非相対論的QCDの有効理論に現れる有効演算子の係数の計算に関しては、観測量への応用として、重いクォーコニウム系(チャーモニウム、ボトモニウム)の超微細構造の計算も考えている。この超微細構造は、従来までの摂動展開の次数では観測量を十分に再現することができていない。非相対論的QCDの有効演算子の観点からはこれはクォークのスピンに依存する有効演算子の係数の高次補正項の計算が含まれるが、それは現在進行している研究で扱っているものである。既存の最も進んだ計算であっても、重いクォーコニウムの超微細構造は摂動展開の初項しかカバーできていないが、一次補正に必要な有効演算子の係数はすでに私が共同研究者とともに2019年に論文として発表しており、今は二次補正に必要な係数を計算していることに対応している。超微細構造を得るためには、非相対論的QCDの有効演算子の係数を計算するだけではなく、それをもとにクォーク間ポテンシャルの補正項を計算する必要がある。 また、並行して領域分割展開の手法の一般化に関する研究も進める。 さらに、これまでの研究で確立した、ヒッグス粒子の対生成・Zボソンの対生成・ヒッグス粒子とZボソンの生成の反応断面積の計算手法の新たな適用として、LHCでの光子の対生成における仮想トップクォークによる効果の計算も考えている。
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