研究実績の概要 |
当該年度は、1,6-ヘキサンジオール(1,6-HD)で細胞を処理したときの、クロマチンの動きの変化を調べた。初めに、Haloタグで標識したヒストンH2Bを発現する細胞を作製した。作製した細胞を蛍光色素TMRが結合したHaloTagリガンドで処理することで、ヌクレオソームを蛍光で標識した。斜光照明顕微鏡を用いてレーザー光を細胞に照射し、蛍光標識ヌクレオソームから放出された蛍光をCMOSカメラで検出した。ヌクレオソームの運動を自動追跡し、運動の速さの指標となる平均二乗変位を定量的に求めた。 HeLa細胞を1,6-HDで処理すると、クロマチンの動きが抑制された。続いて、液滴を溶かす作用が弱い2,5-ヘキサンジオールで細胞を処理したところ、クロマチンの動きが1,6-HDと同程度、抑制された。したがって、クロマチンの凝縮は、1,6-HDが液滴を可溶化する作用とは異なるメカニズムによって引き起こされていると考えられる。 次に、クロマチンの凝集が可逆的な反応か検証した。細胞を1,6-HDで30分間処理した後、1,6-HDを含まない液体培地で洗浄し、クロマチンの動きを観察した。濃度2.5%の1,6-HDで処理した細胞では、洗浄後にクロマチンの動きが処理前と同等に戻ったが、濃度5%, 10%の1,6-HDで処理した細胞では、洗浄後もクロマチンの動きが抑制されたままであった。このことから、高濃度の1,6-HDはクロマチンを不可逆的に凝縮させることが分かった。以上の結果に基づき、1,6-HDをクロマチンが関わる液滴に対して用いた場合、得られた結果を注意深く解釈・考察する必要があることを提案した。 また、ヒトDNA複製開始因子である、Treslin, TopBP1タンパク質にHaloTagを付加した細胞を作製した。両タンパク質を蛍光色素で標識し、斜光照明顕微鏡を用いて、ヒト生細胞内での運動を観察した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初、細胞内の転写に関わる液滴とクロマチンの運動の関係を検証するために、液滴を融かす作用を有する化合物である、1,6-ヘキサンジオールで細胞を処理した。しかし、処理によってクロマチンが凝集し、クロマチンの運動が抑制された。1,6-ヘキサンジオールは最近の生物学の大きな話題である、液―液相分離の分野で幅広く使われているので、1,6-ヘキサンジオールがクロマチンに与える影響について早期に検証し、報告すべきと考えた。実際に、約1年で論文を学術雑誌に掲載することができた。さらに、ヒトDNA複製開始因子である、Treslin, TopBP1タンパク質の一分子観察にも成功した。以上より、当初の計画以上に進展していると考えた。
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