研究課題/領域番号 |
20J01422
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
松田 拓也 東京大学, 物性研究所, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2023-03-31
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キーワード | テラヘルツ分光 / ワイル反強磁性体 / 内因性異常ホール効果 / テラヘルツ / 非平衡ダイナミクス / 多極子 / ワイル半金属 |
研究実績の概要 |
当該年度は主に1)異常ホール効果の光励起非平衡ダイナミクスの計測、2)テラヘルツ波による超高速多極子制御の予備実験を行った。 1)Mn3SnはNeel温度以下でクラスター八極子秩序を形成しワイル反強磁性で大きな異常ホール効果を示す。一方、250-200 K以下でc軸方向に秩序が発達し、ヘリカル磁気秩序を形成し低温ほど異常ホール効果が減少する。この振る舞いは通常の磁性体とは真逆の温度依存性を示す。そこで、この特徴的な温度依存性をうまく利用し、ヘリカル相で光励起することでスピン温度が上昇したら異常ホール効果が増大すると考えられ、これも通常の磁性体の光励起ダイナミクスとは真逆の振る舞いである。 実験結果は光励起直後から3 psまでの時間領域では異常ホール伝導度が減少する振る舞いを示しており、これは温度上昇では記述できない非平衡状態が形成されていると考えられる。一方、3 psより時間がたつと異常ホール伝導度がむしろ増加に転じる振る舞いが見られた。これは格子系・スピン系の温度上昇によるクラスター八極子秩序の形成による振る舞いと一致する。このように速い時間領域における異常ホール効果の振る舞いは単なる脱磁では説明できないことがわかり、この非平衡状態はバンド構造はそのままで電子分布関数のみが変化するというモデルで説明できることが明らかとなった。 2)テラヘルツ波の電場成分によってMn3Snの多極子を制御し、可視光のKerr回転で多極子をプローブし、数10 usほどのパルス電流で多極子を初期状態にする、「テラヘルツポンプ-Kerr回転プローブ-パルス電流リセット測定」を行う。その予備実験として、パルス電流で多極子をリセットした状態を可視光Kerr回転でプローブできることを確認した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
反強磁性体Mn3Snを光励起した際に、100 fsという速い時間スケールでの異常ホール効果の変化は、単なるスピン温度上昇による脱磁ではなく超高温電子状態が形成されることによる内因性異常ホール効果の減少で説明できることを明らかにした。この結果から、ベリー曲率に基づく内因性異常ホール効果を用いることで磁性を計測するための時間スケールを明らかにし、また非平衡ダイナミクスの観点から異常ホール効果の微視的起源を同定するための新しいアプローチを開拓したと考えられる。また、テラヘルツ波による多極子制御の準備も進んでいることから、当初の計画以上に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
1)光励起非平衡ダイナミクスの観測、2)広い周波数帯の光学応答の理解、3)テラヘルツ波による多極子制御を進める。 1)ポンプには35 fs, 800 nmの超短パルス光を用いてプローブにはテラヘルツ波を用いる。テラヘルツ帯の応答を見ることで、ポンプによるFermi面近傍の変化を敏感に計測できる。 2)物性研究所の共同利用施設にフォトンエネルギー75-975 meVの広帯域電磁応答計測ができるFT-IR装置がある。このFT-IR装置を使って、縦伝導度とホール伝導度の周波数依存性を詳細に調べる。特に、ホール伝導度の周波数依存性を広帯域に調べバンド構造を考慮した計算と比較し、Mn3Snにおける異常ホール効果とバンド構造の相関を調べる。異常ホール伝導度スペクトルの共鳴構造が観測されれば、どのバンドから異常ホール効果が生じているかを明らかにすることができる。 3)テラヘルツ電場による超高速多極子制御を行う。前年度に20 um角試料のMn3Snの磁気情報をKerr回転で読み出せることを示した。本年度は高強度テラヘルツ光源を用いてPtとMn3Snのヘテロ薄膜にテラヘルツ電流を流してスピン軌道トルクによる超高速多極子制御を目指す。
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