研究実績の概要 |
ほとんどの真核生物でミトコンドリアDNA(mtDNA)は片親遺伝,主に母性遺伝する.この現象は真核生物にとって非常に重要な現象であると考えられるが,長年その分子メカニズムは未解明であった.最近になり,受精後の父性ミトコンドリア(父性mt)と内部のmtDNAが,細胞内分解システムの一つであるオートファジーによって分解・除去されることが,モデル生物である線虫C. elegansを用いて初めて示された(Sato and Sato,2011).一方で,なぜ父性mtだけが周囲の母性オルガネラと区別され,選択的にオートファジーに導かれるのか,ほとんど分かっていなかった.本研究では,イメージング,プロテオミクス,遺伝学的手法の3つの手法で父性mt選択的分解の仕組みを解析し,母性遺伝の分子モデルの構築を目指した. 本年度は,父性mt選択的分解に関わる因子が局在化するタイミングを詳細に解析するために,まず,線虫の受精過程のライブイメージング法の開発を行った.新たな低刺激観察法の考案を行い,線虫の素早い受精過程を捉えることに成功した.これまでに,新規アダプター分子ALLO-1,およびTBKファミリーキナーゼであるIKKE-1が,父性mtの選択的分解に必須であることが示され(Sato et al., 2018),これらの分子が選択的オートファジーを制御する仕組みの解明が待たれていた.そこで,本研究で開発したライブイメージング法を用い,受精直後の各因子の局在化の様子を詳細に解析した.その結果,ALLO-1やIKKE-1は受精後わずか30秒以内に局在化することが分かった.またIKKE-1を欠損するとALLO-1の集積が不完全になることも分かった.さらに,質量分析によりIKKE-1のリン酸化ターゲットを探索し,IKKE-1によるリン酸化を介してALLO-1の局在化を制御する因子の同定に成功した.
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今後の研究の推進方策 |
本研究の次の段階として,なぜALLO-1やIKKE-1が受精直後に素早く父性ミトコンドリアを選択的に認識できるのかを解明する必要がある.線虫では,オートファジーに先立って父性ミトコンドリアの膜電位の消失や融合活性の消失,ROSの産生,ユビキチン化などの変化が起きることが示唆されている(Zhou et al., 2016, Henau et al., 2020, Sato, unpublished).また,精子形成段階でmtDNAが減少する生物種の報告もあり,これらの父性mtに起きる変化がALLO-1やIKKE-1の局在化の引き金となる可能性があるが,そうした現象の因果関係は全く分かっていない.そこで来年度は,ALLO-1とIKKE-1の局在化と,受精前後の父性mtに起こる変化との関係性を調べるため,以下の実験を行う予定である. ①精子ミトコンドリア(精子mt)のタンパク質組成の解析:質量分析により単離精子mtのタンパク質組成を卵子ミトコンドリアの組成と比較解析し,精子mt特異的に増減するタンパク質を網羅的に同定する.同定した精子mt特異的タンパク質について,RNAiにより網羅的に発現抑制し,ALLO-1の局在化に影響を与える因子を探索する. ②ALLO-1の結合因子の解析:今年度までに,免疫沈降法と質量分析を組み合わせ,ALLO-1と結合する因子を多数同定している.これらを網羅的にRNAiで発現抑制したところ,父性mt選択的分解を完全に抑制する因子は見つからなかったが,弱く抑制する因子がいくつか見つかった.このため,これらの因子が重複してALLO-1の局在化を制御している可能性がある.来年度は,これらの因子の関係性,および機能を詳細に解析する.
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