研究課題/領域番号 |
20J10025
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
HOANG THI LAN PHUONG 名古屋大学, 人文学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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キーワード | 日越両言語間の音韻類似性 / ベトナム人日本語学習者 / 語彙使用頻度 / 語彙性判断課題 / 翻訳課題 / 線形混合効果モデル |
研究実績の概要 |
現代ベトナム語は,アルファベットで表記される。しかし,中国語から借用された漢語が多く,日本語の漢語と音韻的に類似している。そこで,ベトナム人日本語学習者38名に,視覚呈示による日本語の漢字2字語の語彙性判断課題とベトナム語へ翻訳する課題を行った。語彙性判断課題では,日本語に存在する150語をターゲット語とし,存在しない150語をコントロール語とし,合計300語の刺激語を使用した。正答率が94%であるため,反応時間に注目して分析を行った。反応時間の平均は1,071ms(SDは614ms)であった。線形混合効果モデリング(LME)による分析の結果,日越両言語間の音韻類似性と両言語の使用頻度が反応時間に促進的に影響した。また,音韻類似性と被験者の語彙力には交互作用がみられた。音韻類似性が弱い語彙は,語彙力が高くなるほど反応時間が短くなり。音韻類似性が強い語彙は,語彙テストの得点と関係なく,反応時間はほぼ一定であった。一方,翻訳課題では,語彙性判断課題には使用しなかった漢字2字の100語を使用した。正答率が89%で,反応時間の平均は1,435ms(SDは679ms)であった。正答率の結果,漢字2字語の初めの第1漢字の音韻類似性は翻訳の正答率を低めたが,ベトナム語と日本語の使用頻度が高いほど正答率が上がり,学習者の語彙力も正答率に寄与していた。LMEによる反応時間の分析では,第1漢字の音韻類似性は処理時間を遅滞させたが,語全体の音韻類似性およびベトナム語の使用頻度は処理を速めた。第1漢字の音韻類似性,語彙力,語全体の音韻類似性,日本語の使用頻度には複数の交互作用が認められた。日本語の漢字語は,基本的にはベトナム語の音韻からある程度意味が理解されるものの,日本語で頻繁に使われ,語レベルの音韻類似性が高い漢字語は,両言語から迅速な意味へのアクセスが可能となり,翻訳がより迅速に行われた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの研究では,ベトナム人日本語学習者による漢字2字語の語彙性判断課題と翻訳課題で,語彙処理における音韻類似性と使用頻度の効果を明らかにした。語彙性判断課題では,漢字2字語を処理する際に,語全体の音韻類似性が促進的に語彙処理に影響した。しかし,第1漢字の主効果はなかった。しかし,翻訳においては,第1漢字で抑制効果がみられた。第2漢字は漢字2字語の意味への連結と翻訳に主効果がなかった。漢字2字語の意味理解は,語全体の音韻情報を利用するものの,翻訳の際には,第1漢字の音韻情報を活用して意味へ連結して,日本語に翻訳してから第2漢字の音韻情報を組み合わせて,語全体の音韻情報を利用して翻訳を行うプロセスも考えられる。しかし,漢字2字語の意味理解を翻訳と同時に行っているかどうか,或いはどのような順番で行っているかについては,不明な点が多い。ベトナム語の使用頻度の語彙処理への促進的な効果が観察された。ベトナム語で頻繁に使用される語は,日本語との対応関係がなくてもその語が想起されやすく,より迅速かつ正確に処理と翻訳がなされた。しかし,学習対象の言語である日本語からその語の意味へ連結し,その後でベトナム語の知識を利用してベトナム語に翻訳するプロセスなのか,或いはKroll & Stewart(1994)のモデルが示すように,日本語からベトナム語の類似した音韻情報を活性化してから,母語で意味への連結を行うプロセスなのかという点では不明な点が残る。日本語の使用頻度は,意味理解と翻訳の正答率に促進的な効果があった。しかし,翻訳潜時の分析では主効果がなかった。日本語の使用頻度の影響はみられなかったので,学習対象の言語である日本語で意味連結を行っていると考えるよりも,日本語からベトナム語の類似した語彙の音韻情報を活性化してから母語のベトナム語の知識を活用して翻訳を達成していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
2つの言語間の視覚提示による語彙処理研究に関する問題点は次の2点である。第1に,視覚呈示による書字情報から音韻情報への変換メカニズムが未解明なことである。ベトナム人日本語学習者が漢字2字語を処理する際に,両言語間の音韻類似性が活性化して語彙の音韻情報から意味へ連結することが,本研究のこれまでの結果から分かった。しかし,視覚提示される書字情報から音韻情報への変換メカニズムが不明であるため,母語の第1言語の音韻知識が学習対象の第2言語の音韻処理にどの程度,また,どのように影響するのかは検討できていない。第2に,2つの言語の語彙使用頻度の相互関係も今後の課題である。語彙処理において,最も強く影響するのは使用頻度であるといわれている。使用頻度の高い語彙は,低い語彙と比べて想起されやすい。そのため,表記が異なる日越両言語の漢字2字語を書字する際に,日越両言語間の音韻類似性と両言語の使用頻度の効果を検討する必要がある。今後,アルファベット表記のベトナム語母語話者の日本語学習者が日本語の漢字2字語を書字する行動をタイムコースで厳密に測定し,音韻類似性と使用頻度がどのように影響しているかを検討したい。これからの研究では,ベトナム人日本語学習者による漢字語の視覚・聴覚呈示のインプットから意味理解,翻訳および書字行動のアウトプットまでの具体的なメカニズムを厳密に検討する。さらに,漢字で表記される語彙を効率よく教授・学習するためのカリキュラムと教材開発を提言する。
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