研究課題/領域番号 |
20J10039
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
別府 航早 九州大学, 理学府, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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キーワード | アクティブ乱流 / 遊泳バクテリア / キラリティー / エッジカレント / 幾何法則 |
研究実績の概要 |
高密度の遊泳バクテリア集団は運動方向を不規則に変化させる乱流のようなダイナミクス(アクティブ乱流)を示す.過去に我々は,アクティブ乱流に内在する秩序渦において,同方向回転の強磁性的渦と反対向きに回転する反強磁性的渦が渦の中心間距離Δと半径Rの比である幾何学量Δ/R=√2を閾値にして切り替わるという幾何法則を見出した.一方,遊泳バクテリアはキラリティーを持っており,ミクロな対称性の破れがアクティブ乱流に及ぼす影響は未解明問題であった.そこで昨年度は,キラリティーを含む幾何法則の解明を目指した. 遊泳バクテリアのキラルな遊泳は界面との相互作用で誘起されるため,上下非対称界面(上面:オイル,底面:PDMS)を持つ新たなデバイスを開発し,キラリティーの影響を調査した.結果,円形マイクロウェルにおいては,95%以上の割合で反時計回りのキラルな渦が選択的に出現した.重要なことに,大きなウェルにおいても境界近傍ではキラルな集団運動(エッジカレント)が形成されることを発見した.共焦点顕微鏡を用いた計測から,上下面で誘起される逆向きのキラルな運動が競合する際に,密度上昇による上面側の優勢がエッジカレント形成の起源となることがわかった.次に,エッジカレントが秩序渦形成に与える影響を調査した.実験の結果,双子型マイクロウェルでは強磁性的渦が安定化され,転移点がΔ/R~1.9程度にシフトした.そこで,キラルなエッジカレントを考慮した粒子の配向ダイナミクスの理論モデルを構築したところ,強磁性的渦の安定化,および実験結果における転移点のずれを説明する新たな幾何法則を見出すことに成功した.本成果はすでにarXivに投稿されており,科学誌への投稿も準備中である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
遊泳バクテリア集団の従来の研究において発見されていなかったキラルアクティブマターとしての重要な性質を新たに見出すことに成功したのは大きな成果であった.一方で,当初の計画では三体相互作用する秩序渦の幾何法則解明も計画していたため上記の評価とした.昨年度は,ミクロな対称性の破れであるキラリティーが集団的秩序形成に与える影響を調査するため,上下非対称界面を有するPDMSマイクロウェルを設計した.これにより,個々のキラリティーが誘起するキラルな渦運動の観測に成功したが,境界近傍においてはウェルの大きさにほとんどよらないキラルなエッジカレントが出現するという予想外の重要な発見があった.そこで円環状のチャネルパターンを用いて境界曲率依存性を調査したところ,曲率に依存しない安定なエッジカレントが出現することも明らかになった.上下界面が誘起するキラリティーの向きは反対向きであり,集団運動のキラリティーの対称性が破れることは非自明な現象であったが,共焦点顕微鏡を用いた三次元的空間の詳細な解析によりキラルなエッジカレント出現の起源を見出すことに成功したことは大きな進捗であった.近年,キラルなエッジカレントは神経前駆細胞や線維肉腫細胞,アクティブスピナーから成るキラル流体などの様々な系で報告されている.このようなエッジカレントは量子ホール効果との類似性からトポロジーとも深く関わりがあり,生物学から凝縮系物理学までにまたがる重要なトピックであると言える.一方,我々が観測したエッジカレントと他の先行研究では,個々のキラリティーとカレントの向きの対応において相違があり,境界との相互作用による対称性の破れの詳細なメカニズムなどを明らかにしていくことでキラルアクティブマターにおける理解の枠組みの今後の発展が期待できる.
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今後の研究の推進方策 |
本年度は,(1)遊泳バクテリアが示すキラルなエッジカレントにおける幾何的性質の深耕と(2)フラストレートされた秩序渦に潜む幾何法則の解明,および(3)秩序渦における幾何法則から見るアクティブ乱流の幾何的普遍性の理解を目指す. (1)キラルなエッジカレント存在下では双子型境界において幾何学量Δ/Rが1.9程度のときに反強磁性的渦が出現し,エッジカレントの影響を渦の極性配向の効果が上回るという幾何法則が見出されている.したがって,エッジカレントを不安定化させる反強磁性的渦を誘起するチップのような構造がチャネルにあるときにエッジカレントはどのような影響を受けるかを実験で検証する.これにより,メソスケールの秩序渦における幾何法則がマクロな秩序形成にどのように結びつくかを明らかにする. (2)これまでに,渦の二体相互作用における幾何法則を明らかにしてきたが,実際のアクティブ乱流には三体相互作用のようなより複雑な相互作用が存在し,三体相互作用でフラストレートされる秩序渦における幾何法則を明らかにすることは急務である.昨年度は,三つ子型境界を用いた実験データの蓄積も行っており,二体相互作用とは異なり,強磁性的渦からフラストレートされた反強磁性的渦への非自明な相転移がΔ/R~1.7程度で起こるということがわかった.これに対しては,長距離の流体相互作用など新たな寄与を考慮し,転移点のずれを説明する理論モデルを構築する必要がある.これにより,アクティブ乱流相の秩序渦におけるフラストレーションの役割を明らかにする. (3)一部蛍光ラベルしたバクテリアを混ぜ,アクティブ乱流の渦構造の幾何学的配置を可視化する.二体相互作用する渦と三体相互作用する渦の時空間変化を計測し,渦の生成と消滅の特徴的な時定数や空間的な相関を解析する.これにより,見出された幾何法則が乱流ダイナミクスに果たす役割を明らかにする.
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