研究実績の概要 |
本研究課題では特にiPS細胞集塊の心筋分化誘導の中で重要なプロセスの1つである「心筋組織の成熟化過程」に着目し、組織の継続的な自由沈降を可能とする回転浮遊培養におけるiPS由来心筋組織の成熟化機構の解明を行う事とした。既往研究(JSPS科学研究費助成事業、若手研究、課題番号:19K18179、研究代表者:中里太郎)では、ポリ乳酸グリコール酸(PLGA)共重体ナノファイバー繊維を足場材料として作製したiPS由来心筋組織(Junjun, L., et al., Stem Cell Reports, 2017)を回転浮遊培養で培養すると成熟度、機能の向上した良質な心筋組織の作製が可能であることが示されている。一方でなぜこのような良質な心筋組織ができたのか、その機構やトリガーとなる因子については不明であった。回転浮遊培養を用いた組織培養に関する研究報告は数多くなされているものの、詳細機構については明らかにされていない。本研究課題では今まで未解明であった「回転浮遊培養という特有の培養系特性が心筋成熟に与える影響」を初めて明らかにすることで、今後の組織培養工学分野の発展に資する新たな知見を得る事とした。2020年度は心筋組織の成熟と組織形態・構造の変化には密接な関係があるのではないかと仮説を立て、まず培養過程における組織形態・構造変化の経時変化特性を追跡することを試みた。その結果、心筋組織の成熟に伴って組織が「縮む」という現象を見出し、その変化の仕方に関しても時間依存的な特徴があることを見出した(特に培養初期における収縮が顕著であった)。このことから培養初期における心筋組織の顕著な収縮現象に、心筋成熟のトリガーとなる因子が含まれているのではないかと考えられた。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度は心筋組織内における細胞配向性の空間的分布やその変化の時間依存的な特性について明らかにすることで、なぜ回転浮遊培養において「組織が縮む」現象が起こったのかを解明していく。これまでの予備検討の経過から我々は培養初期において心筋収縮運動(拍動)機能に関わるサルコメア構成骨格タンパク質(Troponin T、Myosin Heavy Chain-7)が組織表層付近に顕著に局在していること、そしてその部位における細胞の核の形状についても組織中心部と比較して顕著な違いがあることを見出している。細胞形状とこれらのサルコメア構成骨格タンパク質、そして細胞そのものの配向性に関してはこれまで多くの基礎研究がなされており、心筋の成熟度とも密接に関係しているとされている(Mark, A.B., et al., Cell Motility & Cytoskelton, 2008, Tiago, P.T., et al., Biochem. Biophys. Res. Comm., 2018)。今後、核やこれら骨格タンパク質の空間的分布、形状、密度等の詳細の調査が、回転浮遊培養特有の現象(組織が縮んで成熟化する現象)の解明のみならず、「この培養系のどのような特性が本現象を引き起こしたのか」という最も重要な学術的問いに対する新たな解釈に繋がるものと期待される。
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