研究実績の概要 |
上皮細胞は体表や臓器の表面に位置し、様々な浸透圧溶液に曝されている。消化管上皮細胞においては、アピカル膜側の管腔を流れる唾液(30 mOsm/L)や真水などの、極めて浸透圧の低い溶液に曝されている。低浸透圧環境下で、上皮細胞内に水分子が流入すると、細胞の体積が急激に増加するため、生じた膨圧により形質膜の緊張が高まる。したがって、その弾性限界を超えた膨張は、細胞の破裂を引き起こしてしまうため、形質膜には膜脂質が迅速に供給される必要がある。しかし、このような環境下で細胞膜の張力を一定に保つ分子機構は不明である。 本研究では、低浸透圧溶液に曝された上皮細胞において、急速にアピカル膜のみが選択的に拡大するという現象を見出した。さらに、独自に考案した内在性スフィンゴミエリンの可視化プローブを用いて、細胞内のスフィンゴミエリンが輸送される様子を観察することに成功した。このプローブを用いた解析の結果、低浸透圧刺激時にはmTORC2経路が活性化され、アピカル膜の主要な脂質であるスフィンゴミエリンを含む分泌小胞の輸送が促進されることを明らかにした。さらに、mTORC2-Rab35 経路は、アクチン皮質の形質膜への係留に必要な細胞膜脂質であるPI(4,5)P2の分解を介して、アピカル膜のアクチン皮質を減少させて、形質膜の張力を低減させることを見出した。本分子機構は、生体内で上皮細胞が頻繁に対峙する低浸透圧環境において、スフィンゴミエリンを含む小胞のアピカル膜へのテザリングを促し、形質膜の緊張を緩和することで、細胞の破裂による細胞死を回避していることを示している。
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