研究課題/領域番号 |
20J10326
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研究機関 | 上智大学 |
研究代表者 |
片野 和馬 上智大学, 理工学部, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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キーワード | 柱頭 / 乳頭細胞 / 花粉柱頭反応 / 花粉管発芽 / 熱ストレス |
研究実績の概要 |
熱ストレスがシロイヌナズナの生殖器官の発達および形態変化に与える影響を調査するため、熱ストレス処理した野生型シロイヌナズナの生殖器官の形態変化を調査したところ、熱ストレス処理した植物は柱頭への花粉付着率が低下し、さらに柱頭を構成する乳頭細胞の伸長が見られた。また、人工授粉実験を行ったところ、花粉の付着した柱頭は通常条件でも熱ストレス条件でも乳頭細胞の縮小が見られたが、花粉を付着させなかった柱頭は両条件で乳頭細胞の伸長が確認された。このことから、熱ストレスは花粉付着を阻害することによって、乳頭細胞の伸長を促進することが本研究の結果から明らかになった。 次に、高温を感知するセンサーの一つであるCngc2の欠損変異体(cngc2)は、花芽から長角果への移行が早いという現象が起こるが、その原因について申請書に記載した仮説に基づき調査を行った。まず、葯のタペータムPCD制御の異常である可能性を検証するため、芽や花の段階にける変異体の花粉や葯をSEMで観察したところ、花粉の形態に野生型との明確な違いは見られず、花の段階における葯は花粉が付着したものが野生型と比較して多く、葯裂開後の花粉放出が阻害されている可能性が示唆された。以上の結果から、花芽から長角果への移行の早さの原因は、葯のタペータムPCD制御の異常である可能性は低いと考えられる。次に、花粉柱頭反応が促進されているかどうか検証するため、花粉管誘導培地でcngc2の花粉管の発芽率を調査したところ、花粉管誘導1,2時間後のcngc2は花粉管の発芽率が野生型と比較して有意に高いことが分かった。さらに、胚珠へ到達した花粉管を染色して、花粉管の到達率を調べたところ、cngc2は花粉管の到達数が野生型と比べて有意に高かった。以上の結果から、cngc2では花粉柱頭反応の促進が見られ、花芽から長角果への移行の早さに関与することが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
熱ストレスが生殖器官の形態に与える影響について、柱頭への花粉付着の低下およびそれに伴う乳頭細胞の伸長という現象を発見した。この現象は、これまでに知られていなかった現象であり、植物科学に新たな知見を提供する発見となった。また、この発見は国際学術雑誌Frontiers in plant science誌に発表を行っている(2020年6月)。 また、cngc2の花芽から長角果への移行が早いという現象の解析についても、申請書に記載した二つの仮説に基づいて研究を進行させ、その結果花粉柱頭反応の促進による可能性が高いという結果を見出した。以上より、熱ストレスが引き起こす生殖器官の形態変化について、一定の成果を挙げたこと、ならびにcngc2の花芽から長角果への早さについて、その原因についてある程度の進捗が見られたことから、本研究課題の進捗状況はおおむね順調であると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
熱ストレスが引き起こした花粉付着の低下により柱頭の乳頭細胞の伸長が起こることがわかり、同時に花粉の付着が乳頭細胞の縮小を引き起こすこともわかった。この柱頭の乳頭細胞の形態変化が花粉管の発芽や花粉管伸長などの花粉柱頭反応を構成するプロセスにどのような影響を与えているのか調査を行っていく必要がある。 cngc2の早熟の原因解析は、花粉管の発芽や花粉管の胚珠到達率の高さから、花粉柱頭反応の促進によるものである可能性が高い。次の研究方策として、Cngc2の欠損によってなぜ花粉管の発芽や花粉管の伸長が引き起こされるのかを調査する必要がある。本研究の遂行にあたって、熱ストレス条件で生育した植物の生殖器官は可溶性糖の含有量が高くなることが分かっており、さらに通常条件で培養したCngc2の欠損変異体では、生殖器官の糖含有量や、糖代謝に関連する遺伝子の発現が低下していることも明らかとなっている。そこで、今後の研究では「糖代謝の変化が花粉柱頭反応を促進する」という仮説を立て、糖代謝の欠損変異体を用いて、花粉管の発芽率や花粉管伸長などのいくつかの花粉柱頭反応のプロセスについてどのような影響が起きているのかを調査する。 cngc2の花芽から長角果への移行について、別の可能性も考えられる。芽や花は、茎頂分裂組織における中央領域にある幹細胞が、周辺領域に移動したあと細胞分化することで形成されるが、これを維持するには幹細胞の分裂を維持することが必要である。そこで、cngc2の生育特性は、早熟によるものの他に、Cngc2遺伝子の欠損によって幹細胞分裂維持の不適切な制御がおこり、生育後半で花や芽の分化に必要な幹細胞を周辺領域に供給できなくなり、芽や花を形成できなくなるという、新たな仮説が考えられる。今後、花芽分裂組織においてin situ hybridization を行い、この仮説を検証していく。
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