前年度の研究では、カント倫理学と討議倫理学との関係を「パースペクティヴ転換」というキーワードの下で読み解くことを試み、カント倫理学がコミュニケーションや討議を通じたパースペクティヴ転換を求めず、ひたすらに自らの理性に問い合わせれば道徳的判断が下せると考えたことを明らかにしていた。本年度の研究では一つに、そのような非コミュニケーション的なカント倫理学の背景となった倫理学思想を読み解きつつ、どのようなルートでカントが上記の結論に至ったのか、またカント独自のポイントがどういったところにあったのかを明らかにした。 またこの研究と並行して今年度は、討議倫理学者ハーバーマスの真理理論に着目した。これはもともとは上記の「パースペクティヴ転換」に着目したカント研究者でもあるアルブレヒト・ヴェルマーと、討議倫理学者ハーバーマスの間の論争を取り扱う中で出てきた課題であったが、研究を続けるうちに、ここにはカント、討議倫理学だけでなく、リチャード・ローティやロバート・ブランダム、ヒラリー・パトナムらといったプラグマティズムに影響を受けた哲学者たちや、主としてハイデガー・解釈学研究を行うクリスティーナ・ラフォンらが複雑に絡みあって論争があることが明らかになってきた。そこで当該研究においては、これらの論争を受け止め、また批判しつつ総決算的に提示した『真理と正当化』(1996) におけるハーバーマスの真理理論を主題として、とりわけそれが「パースペクティヴ転換」とどのように関わるのか、いかなる存在論的想定の上に理論が提示されているのかを明らかにした。
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