研究課題/領域番号 |
20J10682
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
嶋屋 拓朗 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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キーワード | バイオフィルム / 大腸菌 / マイクロ流体デバイス / スケール不変性 / トポロジカル欠陥 / 細胞サイズ分布 / 生物物理学 |
研究実績の概要 |
まず、飢餓中における「細胞サイズ分布」について詳細な調査を行った。我々は、細長い細胞の集団が、飢餓中において細胞の長さを揃え束状凝集を促進する可能性を見出し、調査を行った。独自に開発した「広域マイクロ灌流系」を用いて大腸菌集団に急激な飢餓を引き起こしたところ、典型的な細胞サイズが劇的に減少した。これに伴い、細胞体積の分布も劇的な変化を見せたが、各時刻における平均細胞体積で規格化された相対細胞体積の分布は変動しなかった。この振舞いは一般的に「スケール不変性」と呼ばれる。さらに、細胞の振舞いをシミュレーションにより調査したところ、遅い飢餓過程ではスケール不変性が破れ、相対細胞体積の分布が鋭くなることを発見した。つまり、ゆっくりと飢餓する場合は、細胞サイズの個体間変動が抑制されて長さが揃い、束状凝集に対して有利に働くことを示唆している。本成果は論文として投稿した。 更に、束状凝集現象の直接観察も行った。当初予定していた擬二次元空間における観察では、細胞がデバイス内で詰まる問題が生じたため、十分に広い三次元空間における観察を試みた。すると、大腸菌集団が培養液中で浮遊しながら増殖する様子が観察された。まず、細胞間接着機能を持つ野生株の場合、束構造が少ない無秩序なクラスターを形成する様子を観察した。一方で、接着機能を失った変異株の場合、束状に凝集する様子を観測した。この結果から、今後は変異株集団に対して栄養飢餓を引き起こし、それに伴い分泌される細胞外高分子による細胞間相互作用が束状凝集を引き起こすことを立証する。 我々は更に、物質表面に固着したコロニーの形成過程を調べるため、ガラス基板と培養液寒天に挟まれた環境で大腸菌集団を観察した。ここでは細胞の束状凝集は見られなかったが、局所的に細胞の向きが揃わない「トポロジカル欠陥」と呼ばれる場所で、コロニーの三次元的な成長が促進される様子を捉えた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は、運動しない大腸菌細胞集団が、栄養飢餓などにより成長を停止させる「定常期」において束状に凝集する現象に対し、そのメカニズムを解明することである。 当初は細胞が定常期において分泌するEPS(細胞外高分子)が大きな役割を担っていると考え、EPSを観察することでそのダイナミクスの解明を試みる実施計画であった。しかし、細胞サイズ分布に関する解析を行ったところ、飢餓過程において「スケール不変性」という全く予期しない現象を発見し、この性質をさらに詳細に調べることで、EPSとは別に束状凝集に関わるメカニズムを発見できる可能性を見出した。そこで実験・数値計算により細胞サイズ分布の振舞いを調べたところ、ゆっくりと飢餓する過程ではスケール不変性が破れて、細胞同士の相対的な長さの差異が小さくなる現象を明らかにした。したがって、細胞サイズ分布は飢餓過程における束状凝集のメカニズムの一つになることを発見した。またそれに限らず、束状凝集そのものの観察においても、適切な観察空間の決定という進展があった。したがって、本年度の研究実施内容は、当初予定していた内容とは異なるものの、束状凝集のメカニズムを解明するという大域的な目的に対しては一定の進展を見せたといえる。
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今後の研究の推進方策 |
令和二年度の研究で吟味した観察空間構造を用いて、束状凝集の更なる直接観測を試みる。令和三年度は、主にEPSによる束状凝集への寄与の解明を目指す。具体的には、細胞間接着機能を持つ株と、持たない株両方を用いて、栄養飢餓が起きた際にどのように凝集の振舞いが異なるのかを観察する。これにより、液体中で浮遊する細胞が凝集する振舞いに、EPSがどの程度関わっているのか、細胞間接着(鞭毛、I型線毛、外膜タンパク質Ag43)の影響と比較する。特に、細胞間接着機能を持つ株の集団で見られる束構造と、接着機能を持たない株の集団の束構造の持続時間などを評価し、比較する。また、EPSの産生を阻害するビスマス錯体を用いて、飢餓中でEPSが産生されない状況を作り出し、この状況で束状凝集がどの程度観察されるのかを調べる。 また、EPSによる細胞間の枯渇相互作用が束状凝集に起因しているという仮説の元、EPSの産生量が少ない飢餓前の状況で、PEG(ポリエチレングリコール)を培養液に投与し、束状凝集が促進されるのかを調べる。また、ビスマス錯体によってEPS産生が阻害されている状況でもPEGを投与し、再び束状凝集が生じるのかを検証する。 また可能であれば、令和二年度で行った細胞サイズ分布の観測結果に基づいた実験を行う。具体的には、大腸菌集団に引き起こす栄養飢餓の早さも制御することで、どれくらい束状凝集の振舞い(束の長さスケールなど)に違いに出るのかを議論する。飢餓速度の速さは、培養液に含まれる炭素源、窒素源などの濃度を時間的に制御し、調整することを試みる。 本研究課題の成果は引き続き学会等で適宜発表し、成果の周知に努める。
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備考 |
アウトリーチ活動: 1. 嶋屋拓朗, 数字で紐解く、意外で賢い細胞分裂のはなし. 10分で伝えます!東大研究最前線, 第93回 東京大学五月祭, 2020年9月20-21日. 2. 嶋屋拓朗, 『液晶』の物理で紐解く生命現象. 10分で伝えます!東大研究最前線, 第71回 東京大学駒場祭, 2020年11月21-23日.
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