前年度に引き続き、在外研究を実施することができなかったため、文献資料の精査を中心としてディケンズおよび19世紀イギリス小説に関して研究を進めた。2021年度は、前年度に考察した後期小説Our Mutual Friend(1865)の分析を深めつつ、英語論文の執筆を行った。ディケンズは自作について論評したり、創作観について語ることが極めて稀であったが、本論文ではディケンズが編集を務めていた週刊雑誌All the Year Roundに1867年7月に掲載された匿名記事"The Spirit of Fiction"に着目することで、ディケンズ自身の「虚構」に関する認識を焙り出すことを試みた。「虚構」と「事実」について論じ、前者の意義を訴えた"The Spirit of Fiction"はOur Mutual Friendと複数のテーマ上の類似点を共有しており、本論文ではディケンズのテクストにおける虚構や物語行為と道徳性との関わりを分析しし、同作の新たな側面に光を当てた。なお、論文は2021年5月にDickens Quarterly(Johns Hopkins University Pressに投稿を行ったが、新型コロナウイルスの影響により査読に遅延が生じている。 そのほかに、ディケンズに先行し、影響を与えた可能性がある小説家ウォルター・スコット(1771-1832)の歴史小説Waverley (1814)や、ジェイムズ・ホッグ(1770-1835)の短編小説"The Brownie of the Black Haggs"について考察を行うこともできた。
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