糖尿病患者における消化管運動異常(糖尿病性胃腸症)は腹痛や嘔吐などの臨床症状を引き起こすだけでなく、特に消化管運動亢進は糖尿病治療における血糖コントロールを悪化させることから臨床上問題視されている。これまで糖尿病性胃腸症は神経障害による消化管運動の抑制と理解されてきたが、近年の疫学調査では消化管運動亢進を呈する糖尿病患者が多く存在することが明らかとなった。しかし、糖尿病による消化管運動亢進の発症メカニズムや進行、治療に関する基礎研究は進んでおらず、病態生理機能に関する知見は少ない。本研究では、1型糖尿病モデルマウスにおいて超音波検査をはじめとしたin vivo評価系を駆使し、①消化管運動亢進は上部消化管で生じる病態であり、糖尿病の発症初期から慢性経過の全てのステージにおいて起こり得ること、②消化管運動亢進を呈するマウスでは筋層間神経叢に存在するカハール介在細胞(ICC-MP)の増殖に伴って消化管の自発性収縮の頻度が亢進すること、③このICC-MPの増殖は抗酸化酵素ヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)の発現亢進によるM2マクロファージおよび血小板由来増殖因子受容体α(PDGFRα)陽性細胞を介したSCF/c-Kitパラクラインシグナルの増強によって促進されることを証明することに成功した。また、分子標的薬によるICCの増殖に関与する受容体シグナルの阻害が、糖尿病性胃腸症の治療として有用となる可能性を示すことができた。消化管運動亢進は医原性低血糖や食後の血糖値スパイクによって糖尿病の治療成績と予後を悪化させる重要な決定因子である。本研究で提示したICCに関する新たな分子機構とそれを応用した治療戦略は、糖尿病合併症の予防と予後悪化の抑制に貢献し得る知見であると考えられた。
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