神経変性疾患は脳内の特定領域における神経細胞死発生を特徴とするが,その発生メカニズムは未だ解明されていない.神経細胞死には遺伝的要因の他,環境的要因が関与することが示唆されている.そこで,環境的要因として親電子物質に着目し,神経細胞死誘導メカニズムの解明を試みた.これまでに,我々は数種の親電子物質によって小胞体ストレス応答と呼ばれる細胞内応答が調節されることを細胞レベルで明らかにしてきた.今年度は親電子物質としてメチル水銀に焦点を当て,メチル水銀誘導性神経細胞死における小胞体ストレス応答の関与を明らかにすべく,生体レベルでの検討を進めた. メチル水銀は小胞体ストレスを惹起することが知られているが,小胞体ストレス発生における組織および細胞特異性の有無は明らかにされていない.そこで,小胞体ストレス発生に応じてインジケーターを発現するERAI遺伝子トランスジェニックマウスを使用し,メチル水銀誘導性小胞体ストレスの発生組織および細胞種の特定を試みた.In vivoイメージングおよび免疫組織染色による解析の結果,メチル水銀誘導性小胞体ストレスは脳,心臓,肝臓および腎臓において生じることが明らかとなった.加えて,脳内では大脳皮質および線条体といった特定領域において小胞体ストレス発生が認められた.次に,メチル水銀が小胞体ストレス応答に及ぼす影響について解析を進めた結果,細胞レベルでの検討と同様に,メチル水銀によって小胞体ストレス応答が制御されることが示唆された.興味深いことに,メチル水銀による小胞体ストレス惹起および小胞体ストレス応答の調節は神経細胞選択的に観察されることが判明した. 今後,親電子物質による作用点を標的とした薬物開発を進めるとともに,親電子物質による中枢神経障害について詳細な検討を行うことで神経変性疾患の新規治療法開発に貢献できることが期待される.
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