研究課題/領域番号 |
20J11554
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
繁田 歩 早稲田大学, 文学学術院, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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キーワード | カント / 非存在対象 / 無 / マイノング主義 |
研究実績の概要 |
本研究はイマヌエル・カントの『純粋理性批判』分析論末尾にある「無の表」というテキスト箇所に着眼して、カントにおける「対象」の概念を彫琢することを目指すものである。本研究の特異な点は、カントの対象概念に非存在対象をみとめるという点にある。一般に、カントの対象論として広く知られているのは「現象と物自体」という二つの対象のタイプに関する議論である。カント解釈においても、真正の対象を現象だけに縮減する解釈と、物自体にも何らかの実在性をみとめる形而上学的な解釈とが対立してきたといえる。本研究は、直接にはこの二項対立に与していないが、カントが現象としての対象よりも以前のものとして論じる「対象一般」という概念に注目することで、これらの区別が成立する素地を明らかにしてきた。カントは対象一般の概念が「存在と無とについて未規定的」であるとしており、それがカテゴリー表の秩序にしたがって、存在の表と無の表とに区別されると記されている。つまり、カテゴリーという概念の対象は、認識の成否を問わなければそれだけとしては現象に限定されておらず、むしろ結果的には無と確定されるような非存在対象へも適応されうるのである。『純粋理性批判』においてカントは存在の表ではなく、むしろ無の表を示すことで議論を終えており、この点に注目することは分析論の議論を成り立たせている土俵ともいえる広範な対象領域を見渡すことに寄与するのである。 2020年度の研究においては、①上述の非存在対象を許容するカントの対象論を理解sるうための論理的基礎としてマイノング主義的解釈を提唱すること、②カントにおける非存在対象の対象性と意義について無の表の各論に立ち入った検討を加えること、の二点が課題となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度はコロナパンデミックの影響をうけて、当初計画されていた研究指導委託による在外研究を実施することができなかった。しかし、この点を除いて文献調査と論文の執筆はおおむね順調に進展したと言える。カント対象論をマイノング主義的に解釈するという本研究にとって、重要な先行研究となっていたフンボルト大学のRosefeldt教授の研究が2020年の最新の研究成果によって新たな局面を迎えていた。申請者はこの最新の研究論文に立ち入った検討を加え、彼の研究が新しいマイノング主義の三つの流派のうちで、二性質説と二繋辞説との二つだけにしか言及していないことを一つのリサーチギャップとして認め、この点についてPriestらの様相マイノング主義を援用した第三の解釈方途を提示することでこの研究路線を補強した。また、本研究の第二の柱である、カントが無の表で論じている非存在対象に関する詳細な検討として、本年度は思惟存在ens rationisという概念の研究をおこなった。カントは思惟存在の一例として神、不死なる魂、そして全体としての世界といった「理念」を挙げているが、特にこれらの理念的対象は弁証論の議論を通じて理論的認識の領域から排除されているだけではなく、その統制的使用における有意義さを強調されている。したがって、このような理念的対象の積極的側面に光を当てるために、弁証論の補論にある純粋理性における「理念の超越論的演繹」という論点に注目する研究を行った。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度はコロナ感染症規制の状況を踏まえつつ、短期であれ在外研究の実施を目標としていく。研究内容としては無の表の別の概念について議論を展開させていくことにする。具体的には、2020年度は思惟存在と否定無に注目してきたが、2021年度には欠如無や構想存在に視野を広げていく。また、カントにおける存在述語の意義について確定するために、若干の歴史的考察を深める必要がある。カントとライプニッツ主義とが峻別される点として、無矛盾律から実在的可能性を導けるか否かがあること(論理的可能性と実在的可能性との区別)は広く知られている。しかし、実在的可能性に関するカントの説を理解するために『純粋理性批判』原則論の記述を解釈していくとともに、歴史的な論敵としてクルージウスの存在理解を取り上げてカントにおける存在概念の意義についても説明を深めていくこととする。それとは別に、カントにおける非存在対象への対象関係の理論として方法論にある「真とみなすこと」概念の研究を行ってきたが、この概念の現代認識論的な意義についても検討を深めていくことが期待されている。具体的には、他者の証言に基づいて、ある対象が存在する/しないと信じるようになることがあるが、この証言に基づいた信念の議論はカントの信憑論が今日の社会倫理学におけるコミュニケーションの理論に対してもつひとつの重要な接続点ではないかと申請者は考えている。この点についても議論を展開していくこととする。
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