分野横断的な非線形科学の手法である結合写像格子(Coupled Map Lattice、CML)を用いて、これまで生物学・化学分野の研究対象であった食品を物理学の立場から研究している。本研究課題では、特に、多様な食感を示す食品エマルションである生クリームを研究対象に選び、撹拌によってホイップクリームを経てバターへと至る、その転相現象について調べた。 今年度は、まず、前年度に開発したシミュレータを用いて、食品のCMLのシミュレーションを実施した。CMLの高速計算により、撹拌温度と撹拌速度に対する詳細なパラメータ探索を行った。その結果、撹拌温度が高い場合と低い場合に対応する2つの異なる転相過程が存在し、それらは、粘性-気泡性平面上で特徴付けられると共に、異なるレオロジー特性(気泡性、粘性の空間パターンや時間変化ステージ)を有することが分かった。 次に、転相過程におけるこれらのレオロジー特性を指標として、油中水滴型エマルション(バター)を分類し、横軸に撹拌温度、縦軸に撹拌速度を取った、相図の作成を行った。その結果、撹拌温度が高く、撹拌速度が遅いパラメータ領域では、低粘性・低気泡性(柔らかくてとろとろな食感)のバターが、撹拌温度が低く、撹拌速度が速いパラメータ領域では、高粘性・高気泡性(固くてふわふわな食感)のバターが、それぞれ得られることが分かった。 併せて、得られた相図について実験による検証を行った。パラレルプレートを用いて、CMLシミュレーションを模した実験系を構成し、転相過程における粘度変化をレオメーターにより測定したところ、相図と定性的によく一致する結果を得ることができた。これにより、転相過程におけるレオロジー特性を指標とする相図は、食感の理論的(少なくとも定性的)記述に向けた、優れた指針となりうることが分かった。今後、食感の理論設計を目指す上で、重要な成果であると考えている。
|