2021年度は、20世紀後半の米国黒人作家ジェイムズ・ボールドウィンの小説Another Countryにおける黒人音楽表象の意義を探った。その際、どの地点において、ボールドウィンのエッセイとAnother Countryが異なっているのかを徹底的に見定めようとした。エッセイにおいて、ボールドウィンは、ブルース音楽の表現する人間の普遍的な苦痛を強調しているのに対し、Another Countryでは、ある特定のキャラクターの苦痛の普遍化によって、人種、ジェンダー、セクシュアリティの差異を無効化してしまう危険を注意深く避けているように思われる。同小説は、むしろ、白人・黒人キャラクターが、人種、ジェンダー、セクシュアリティの言説に縛られつつも、社会規範を打ち破る愛情や罪悪感を感じてしまうがゆえに苦しむ姿を描いているからである。同小説の精読は、黒人音楽が、キャラクターの複雑に絡まり合った苦悩を表現する媒体であること、また、同音楽を聴くことができないキャラクターの愛の不可能性を暴き出す装置として機能していることを明らかにした。さらに、本年度は、ボールドウィンがブルースをモデルに執筆したと述べるAnother Countryが、これまで当然視されてきた黒人音楽と人種との連続性を複雑化していることを詳らかにしようとした。同小説は、黒人ミュージシャンと黒人コミュニティ(例えば、家族、黒人ミュージシャン、聴衆)の絆よりも、黒人キャラクターと白人の恋人との愛憎に塗れた関係に焦点を当てている。したがって、黒人音楽に対する白人・黒人キャラクターの反応を分析することで、人種を超えた共感の可能性やその限界地点を探ろうとした。2021年度の研究成果は、査読付き学術誌への投稿のため、英語論文としてまとめ上げた。
|