生体高分子が引き起こす液-液相分離現象(以下、相分離)は、細胞内で特定の分子を区画化する“膜のないオルガネラ”の形成メカニズムとして注目を集めている。DNAは、ヒストンタンパク質と相分離を引き起こすことで遺伝子転写の制御に寄与する可能性が示唆されており、相分離を介した生体反応制御において重要な分子だと考えられる。本研究では、DNAとヒストンタンパク質の相分離機構の解明を目的としており、昨年度はDNAの四重鎖構造へのフォールディングがヒストンH1との相分離の制御に重要な役割を果たしていることを見出した。本年度は、更なる詳細な分子機構の解明を行うために、DNAの化学構造とヒストンの翻訳後修飾の相分離現象への影響をそれぞれ調査した。 DNAの核酸塩基、デオキシリボース、リン酸基を部分的に欠くDNAオリゴマーをヒストンH1と多様な条件で混合し、顕微鏡観察をベースとした相図を作成した。その結果、カチオン性のヒストンH1とアニオン性のDNAのリン酸基との静電相互作用だけでなく、核酸塩基が関わるπ電子相互作用やデオキシリボースが関わるファンデルワールス相互作用もまた相分離を促進していることがわかった。 ヒストンH3テールの配列を模したペプチドをDNAと混合すると相分離が誘起された。一方、ペプチドに含まれるリジン残基がアセチル化されると相分離が阻害され、その阻害効果はアセチル化部位に依存していることが判明した。具体的には、ペプチドの末端に近い部位のアセチル化ほど、相分離を強く阻害することがわかった。 本研究から、カチオン性のタンパク質とDNAの相分離は、荷電性部位間の相互作用だけでなく、電荷を持たない部位や化学修飾のわずかな違いに依存した相互作用によって制御を受けることが実験的に明らかになった。生体高分子の相分離機構の理解は、生命現象やバイオテクノロジーの発展に寄与するだろう。
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