本研究の目的は小学校で実施されている農業体験学習を対象として,農業がどのように学校教育に読み替えられ,組み込まれているのかをBasil Bernsteinの〈教育〉(pedagogy)理論をもとに明らかにすることである。農業体験学習は学習指導要領上で必修とされておらず,就農人口が低下する中で労働需要も少ない。にもかかわらず,学校教育の一環として農業を体験する農業体験学習は全国の公立小学校の約8割で行われており,広く普及している。本研究は農業体験学習が教育制度や学校外部からの社会的要請ではなく,学校の内部で独自に価値づけられ,実践されている点に着目し,学校独自の教育実践の正統性付与の過程を明らかにするものである。 上記の問いを明らかにする上で,農業体験学習に関する文献調査,農業体験学習を実施している小学校におけるフィールドワーク,教員や農業者などへのインタビュー調査を行なった。 分析の結果,農業体験学習を実施する上で,特定の要素が選択的に読み替えられていた。たとえば,現代的な機械農業,一時的なイベント,農業技術習得,「遊び」といった要素は「相応しくない」ものとして実践において切り離されていた。一方で手作業や農業の連続性の強調といった要素は選択的に取り入れられ,学校教育の文脈に適する正統な実践として再編されていた。 本研究の事例では,学校教育の一環としての農業体験学習を実施する上で,農業の体験を学校における正統な教育実践として編成する過程で,自己の修養などの学校教育の目的に沿った教育実践の最適化と,現代農業のリアリティの伝達や農業の多様な社会関係との接触機会が両立し得ないものとなっていた。
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