NMR(核磁気共鳴)シグナルの増感は、MRIによる生体イメージングや多次元NMR分光法を用いたタンパク質の分析などバイオ系の分野への応用が期待されているが、従来の増感方法では液体ヘリウム温度以下の極低温を必要とすることからコストや応用面に大きな問題を抱えていた。光励起三重項状態を用いた動的核偏極(Triplet-DNP)では、温度によらずNMRシグナルの増感が可能であることから近年注目を集めている。一方で、偏極源(NMR増感剤)となる分子骨格の難溶性、シグナル増感に必要なマイクロ波強度等の観点から、水分子のNMRシグナル増感など、生体分析へ応用展開していく上で大きな障害となっていた。 現状のTriplet-DNP分野では三重項状態の生成過程として項間交差(ISC)のみが着目されていた。一方、一重項分裂(SF)は一分子の励起一重項状態から二分子の励起三重項状態を生成する過程であり、このとき得られる励起三重項状態のペアは強く相関した五重項状態を取る事が知られている。しかしながらSFの主な応用先は高い量子収率を利用したエネルギー分野のみであり、スピン特性に着目してバイオ分野に応用した例はこれまで存在しなかった。 採用者は本年度、SFによって得られる五重項状態を水分子のDNPへ応用することを試みた。SF特性を発現させるためには色素の集合構造の制御が必要となる。そこで採用者は超分子集合体を複数種類新たにデザインし、SFによって得られた五重項状態の電子スピン偏極を利用してDNPを行うことで水分子のNMRを大きく増感することに成功した。更に、この新たなDNP手法では、五重項状態の電子スピンが持つ大きなラビ周波数(章動周波数)を核スピンと共鳴させることで、従来Triplet-DNP分野のバイオ応用において問題になっていた偏極の移動に必要なマイクロ波の照射強度を大きく削減することに成功した。
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