研究課題
生物の生命活動には、一年(circannual、概年リズム)や一日(circadian、概日リズム)といった長い時間のリズムの他に、超日(ultradian)リズムとよばれる1~6時間の長さのリズムの存在が知られている。これらのリズムは、繁殖期の制御、ホルモン分泌、摂食活動などさまざまな生命活動を制御している。体温も概日(circadian)、および超日(ultradian)周期の上下動を繰り返している。栄養状態などの生理学的な状態の変化により、これらの体温リズムの振幅や、超日リズムの頻度が変化することが明らかとなってきたが、その生理学的な意義やメカニズムは未解明な部分が多い。これらの生理学的な意義を理解することによって、外部環境の変化や生体に加わる刺激により生じる体温変化という情報が、健康・生産性といった生物機能の出力に現れるメカニズムの解明が期待される。外部環境の変化に対する個体の応答にはばらつきがあり、これはそれぞれの適応状況によるものであると考えられる。本研究では外部環境の変化、体温、生産性の関連を明らかにする一助として、家畜の体温変動および体温変動に現れるリズムと、生理学的状態の関係を調査することを目的とした。本年度は、(1)西オーストラリア大学において、ヒツジにおいて気質に関与する一塩基多型(SNP)がストレスによって誘起される体温変動に与える影響を調査し、(2)名古屋大学において暑熱条件と寒冷条件が、ヤギの体温調節メカニズムに与える影響を調査した。
2: おおむね順調に進展している
(1)本実験は、西オーストラリア大学において行った。セロトニン合成の律速酵素であるトリプトファン水酸化酵素(TPH2)のSNPに基づいてヒツジを選抜し、腹腔内に温度ロガーを留置後、十分な回復期間を置いた後、心理的ストレスの負荷として、表現型の選抜の際に行う行動テスト(arena test, isolation box test)を行なった。遺伝子型により選抜された両群間において、行動スコアには有意な差が見られた。両群において、ストレスによる体温上昇、及びテスト後5日間における概日リズムの振幅の増加が観察されたが、遺伝子型の違いによる差はみられなかった。TPH2のSNPはストレス反応としての動物の行動には影響を与えるが、ストレス性の熱産生には影響を与えない可能性が示唆された。(2)本実験は、名古屋大学大学院生命農学研究科附属フィールド科学研究教育センターにおいて実施した。卵巣除去ヤギの腹腔内に温度ロガーを留置し、7月から8月にかけての暑熱条件(気温上昇)および10月から12月にかけての寒冷条件(気温低下)における腹腔内温度の変化を1分間隔で継続的に測定した。測定した体温データと気温データから、一日の最大値、最小値、概日リズムの振幅と中央値をパラメーターとして算出し、体温と気温のパラメーターに対して相関解析を行なった。暑熱条件において体温と外気温の振幅には正の相関関係、体温の最低体温と外気温の中央値には負の相関関係が観察された一方、体温の中央値はいずれの外気温のパラメーターとも相関関係を示さず一定に保たれることが明らかとなった。また、寒冷条件においては、強い相関は観察されなかった。このことから、ヤギは暑熱条件において日内の体温の変動幅を増加させることによって気温の変動に適応し、自身の体温の恒常性を維持する可能性が示唆された。
この他に、発情周期における体温リズムの変動を解析するために、ヤギの発情周期を通じた体温の記録、血漿サンプルの採取を行なった。今後、これらのデータの解析を進めるとともに、ヤギ新生仔における体温リズム形成への出生季節(気温)の影響を検討する予定である。
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