研究課題/領域番号 |
20J13143
|
研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
池上 暁湖 名古屋大学, 医学系研究科, 特別研究員(DC2)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2022-03-31
|
キーワード | 統合失調症 / ミクログリア / シナプス / 精神疾患 / グリア細胞 / エピジェネティクス / 神経免疫 |
研究実績の概要 |
統合失調症は認知や知覚が著しく障害される精神疾患で、患者の早期死亡率(平均寿命に達さず亡くなる確立)は一般人口の3.5倍にも及ぶ。発症機序には不明点が多いが、遺伝子などの先天的要因にストレス等の後天的要因が加わり発症に至るという説が有力である。またリスク因子として免疫関連遺伝子の異常や妊娠時の母体感染が知られ、免疫の関与が強い疾患である。さらに患者死後脳でスパイン(後シナプス)が減少しており、幻覚・妄想等の複雑な症状をもたらすと考えられている。本研究では脳内唯一の免疫細胞であり、シナプスの数や機能の制御を担うミクログリアに着目した。2光子顕微鏡によるモデルマウスの生体イメージングにより、経時的なミクログリア-シナプス観察を行い、細胞・分子レベルでの病態解明を目指す。より臨床像に近いモデルとして、Nfkbの活性を抑制する免疫関連遺伝子Schnurri-2のヘテロ欠損マウス(以下Shn-2 het)の思春期に2週間の拘束ストレスを負荷すると、疾患の3大症状(陽性症状・陰性症状・認知機能障害)に相当する行動を急激に呈し、それに伴いミクログリアの形態・動態変化とスパインの減少が生体脳で観察された。次に疾患への脆弱性の形成機構として、胎児期ミクログリアのエピゲノム変化を検証した。ミクログリアはシナプス制御能などの特性を胎児期に獲得し、統合失調症リスク因子である免疫系遺伝子変異や母体感染はこれを阻害しうる。Shn-2 hetの胎児ミクログリアのDNAメチル化領域シーケンスを行うと、細胞の分化に関わる遺伝子に加え、シナプス可塑性関連遺伝子をコードする領域のメチル化が変化していた。統合失調症で異常をきたす感覚情報処理を担う高次感覚野の神経細胞集団の活動をCa2+イメージングで可視化したところ、Shn-2 hetでは同一個体の行動異常の程度と相関する神経細胞活動の同期性低下がみられた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの進捗を3点述べる。 ①胎児期ミクログリアを回収し、メチル化部位シーケンスによりそのエピジェネティックな変化を探索した。結果、ミクログリアの恒常的なシナプス制御などに関わる複数の遺伝子のメチル化領域が対照群に比べ有意に増加しており、細胞の機能が発揮されにくい状態であることがわかった。 ②上記胎児期ミクログリアのエピゲノム修飾が個体の神経回路へ与える影響を検出するため、ストレス負荷後のモデルマウスの生体イメージングを行った。結果、ミクログリアーシナプス相互作用の変化およびスパインの有意な減少を検出した。昨年度、生理的な脳におけるミクログリアが他細胞からのシグナルに従ってその突起の動態を制御し、特定の樹状突起またはスパインへの接触を介しその形成・除去を誘導することを見出し、論文を投稿している(Ikegami et al., Nature Commun, in revision)。この突起動態やシナプスへの接触に関わる遺伝子群のメチル化パターンストレスを与えたモデルマウスでは失われ、複数のスパインへ秩序なく接触することが確認された。さらにミクログリアの変化に伴い、スパインの有意な密度減少を定量した。スパイン減少は患者死後脳で最も共通している解剖学的知見であり、近年患者の末梢血から誘導した培養ミクログリアの研究報告により、統合失調症ではミクログリアがスパインの過剰な刈り込みを行うという仮説が強められた(Sellgren et al., 2019)。上記の結果はミクログリアの状態変化と併せ、生体の脳における重要な観察であると考えている。 ③新たなモデルとして妊娠時母体インフルエンザ感染を模倣した児マウスにストレスを負荷し、同様の行動変化を確認できた。リスク因子としてのインフルエンザ感染は疫学的証左が多く、現在観察している現象の信頼性をさらに強めることができた。
|
今後の研究の推進方策 |
本年は上記の結果を踏まえ、胎児期ミクログリアのエピジェネティックな変化が個体の思春期にどのような影響をもたらし、ストレスが加わった際の発症や症状亢進に関わるのかを検証していく。まずは生体イメージングにより、ストレス負荷の前後のミクログリアーシナプス相互作用の変化を経時的に追跡する。特に患者死後脳で繰り返し報告されているスパインの減少の原因として、ミクログリアが過剰な刈り込みを行っていることが、近年患者由来の培養細胞で報告された(Sellgren et al., 2019)。さらにここへ時系列の情報を付加するため、イメージングで捉えられるミクログリアの機能的変化(形態や分布、シナプスへ接触する突起動態など)と併せ、個体の行動異常の発現に対しどの段階に起こるのかを検証する。スパイン減少に寄与する時期を同定したのち、その時期のミクログリアからRNAを回収し、機能破綻につながる遺伝子発現変化について検証する。さらにその遺伝子発現データをメチル化と照合し、先天的な脆弱性→スパイン減少をもたらす具体的な要素を同定する。さらに神経活動についても、統合失調症にみられる感覚処理障害について考察するため、高次感覚野においてニューロン・ミクログリアの機能イメージングを行う。
|