研究課題/領域番号 |
20J13713
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
小澤 誠 大阪大学, 基礎工学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2020-04-24 – 2022-03-31
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キーワード | 固視微動 / ドリフト / マイクロサッケード / 外眼筋 / ニューロメカニカルモデル / パーキンソン病 |
研究実績の概要 |
健常者の固視微動とその固視点の水平方向依存性の計測と解析により,固視微動のゆっくりとした眼球運動であるドリフト成分が顔中心(鼻)方向の直線的ドリフトを伴うブラウン運動様の確率過程であり,固視微動の弾道的な眼球運動であるマイクロサッケード成分はドリフト成分の拡散を打ち消すように生成されるポアソン点過程様の確率過程であることが明らかになった.続いて,このドリフトを定量的に再現するニューロメカニカルモデルの構築に取り組んだ.ヒト外眼筋の能動的・受動的粘弾性に関する先行研究を精査し,ヒト外眼筋の長さ-張力関係および速度-張力関係に基づいた筋モデル,およびその筋活動度を含んだ眼球運動モデルを構築した.さらに,左右の外眼筋(外側直筋と内側直筋)の筋活動度が一定で等しい場合においては,健常者の固視微動に含まれるドリフトのゆっくりとした拡散を再現できないことを明らかにした.すなわち,外眼筋の能動的・受動的粘弾性およびその周辺組織の受動的粘性を考慮することによってモデルのメカニカルな部分の精度を格段に向上させることに成功したが,それと同時に当初の予想に反して定量モデルの構築が困難であることが判明した.現在,外側直筋と内側直筋の筋活動度が一定で等しいという拘束を取り去った場合の眼球運動モデルの特徴を解析的・数値的に検証している.適切な筋活動度の組み合わせを適切なタイミングで間欠的に切り替えるような制御様式を模索することによって,健常者の固視微動の動特性を再現するような神経制御様式を提案することが可能になるだろう.今後パーキンソン病(PD)患者の固視微動の計測と解析を実施する予定である.健常者の固視微動を再現できるような精度のニューロメカニカルモデルを構築することは,PDによる固視微動の変容機序の解明およびPD患者の重症度診断や治療効果の新たな検証方法の開発に寄与するだろう.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在までの研究成果として,既に健常者の固視微動の計測・解析と固視微動のニューロメカニカルモデルの構築を完了した.前者に関しては,水平方向に異なる固視点(平衡点)における若年健常者の固視微動を据置型Eye Trackerで計測し,ゆっくりとした眼球運動であるDrift-Tremor(DRT)成分と弾道的な眼球運動であるMicrosaccades(MS)成分に分離する解析によって,固視微動に含まれるDRTの顔中心方向(nasalward)指向性トレンドとそれに反する(temporalward)MSの特徴を定量的に明らかにした.後者については,ヒト外眼筋の粘弾性等の機械力学的特性を外科的手法によって直接計測した先行研究を主に参考にして,ヒト外眼筋の長さ-張力関係および速度-張力関係に基づいた筋モデルを作成し,それらの筋活動度をパラメータとして含んだ眼球運動モデルを構築した.また,左右の外眼筋(外側直筋と内側直筋)の筋活動度が一定で等しい場合においては,健常者の固視微動に含まれるゆっくりとしたDRTの拡散を再現できないことが明らかになった.したがって,これを再現するような制御様式を提案することが当面の目標である.現在,外側直筋と内側直筋の筋活動度が一定で等しいという拘束を取り去った場合の眼球運動モデルの特徴を解析的・数値的に検証している.さらに,適切な筋活動度の組み合わせを適切なタイミングで間欠的に切り替えるような制御様式を模索することによって,健常者の固視微動の動特性を再現するような神経制御様式の提案することが可能であると見越している.これを4月中に終えて,5月中には論文にまとめて国際論文誌に投稿する予定である.
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今後の研究の推進方策 |
2021年度上半期(2021年9月まで)において,パーキンソン病(PD)患者の固視微動の計測と解析を実施する予定である.神経疾患を伴う患者を被験者とする全ての計測・実験は,国立病院機構刀根山医療センターとの共同研究として,医師の監督・指示のもとで実施する.このとき眼球運動の計測は現有の据置型Eye Trackerを用いて行う予定であるが,被験者負担が想定よりも大きく計測が困難な場合はより被験者負担の小さい眼鏡型Eye Trackerによる計測に切り替える予定である.現有の眼鏡型Eye Trackerは据置型と比べてサンプリング周波数と空間分解能に劣るが,本研究で特に着目している眼球運動であるMicrosaccadesとDriftを計測することは可能である(Driftより高周波数のTremorは計測不可だが,TremorはDRTが形成するトレンドには寄与しない)と想定される.危惧される事態として,PD患者の目蓋を開く動作が不完全である場合が考えられる.この場合は眼球運動を正しく計測することができないので,医師と相談しながら目蓋を完全に開き瞳孔を正しく捉えるための工夫を施す必要があるだろう.解析に関しては,健常者の固視微動を解析した時と同様の方法を用いるので新しい開発工数は不要である.最後に,下半期(2021年10月-2022年3月)にかけて,PDによる固視微動の変容機序を解明およびPD患者の重症度診断や治療効果の新たな検証方法の開発に取り組む予定である.健常・PDの固視微動計測データの比較ならびに固視微動のニューロメカニカルモデルによる検証により,これらが可能になるだろう.
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