本年度は、運動制御・適応における動作ミスの修正を理解する上で欠かせない問題である冗長性について検討を進めた。動作修正機序の解明を目的として用いられる腕到達運動では、手先位置の修正パターンが決まれば、それに対応する腕の姿勢 (肩・肘関節角度) も一意的に決まってしまうため、冗長な系における動作修正の問題を取り扱うことができない。本研究では、モニター画面上に表示される一本の仮想的なスティックを両手で握り、先端のカーソルを標的に移動させる運動課題を開発した。この課題では、カーソル位置に加え、スティックの傾斜角度を操作できるという、より現実の運動スキルに近い冗長性を有する。この運動課題を用いて、60名の健常成人を対象とした実験により以下のことを明らかにした。①スティック先端のカーソルを移動させるための両手の動作パターンは無数にあるにもかかわらず、ほとんどの被験者は運動コストの小さい動作パターンを初めから遂行していた。②被験者がその存在に気付かない程度の微小な視覚外乱をカーソルの動きに少しずつ与えたところ、被験者は運動コストの小さい動作パターンを無意識的に常に選択しながら動作修正を行っていた。そして、③画面上に見えているスティックの傾斜角度をカーソル周りに回転させる視覚外乱(被験者は外乱の存在に気付かなかった)を与えたところ、この外乱はカーソル位置に一切影響を与えていないのにもかかわらず、被験者はスティックの傾斜角度を元に戻そうと動作パターンを修正しており、寧ろカーソル位置の制御が乱されていた。課題の成否に関与する次元の動作の正確性よりも、課題の成否に関与しない冗長な次元における誤差の修正を優先する動作修正システムの存在が示唆された。以上の結果から、動作ミスを生じる背後には、冗長な次元における動作パターンの異常が存在している可能性が考えられるといえる。
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