物質に電流を流すと、スピンホール効果によって表面にスピンが蓄積する。このスピン蓄積によって、光学応答が変化する。以下では、この現象を電流誘起磁気光学Kerr効果と呼ぶ。電流誘起磁気光学Kerr効果は、スピンホール効果に由来すると考えられてきた。しかし、スピンホール効果の小さいバナジウム(V)でも、スピンホール効果の大きい白金(Pt)と同程度の光学応答が観測された(昨年度)。本年度は、昨年測定した偏光の変化の実部に加えて虚部についても測定を行い、この現象の解析を進めた。さらに、αとβの二つの構造のタングテン(W)でも同様の測定を行った。α-Wとβ-Wは、同程度のスピンホール伝導度を持つ一方で、縦伝導度が10倍違い、スピンホール効果の大きさが異なる。測定で得られた光学応答から光学的なホール伝導度を評価した。このホール伝導度はスピンホール伝導度の2乗に比例し、縦伝導度に反比例すると考えられている。しかし、PtとVでは、スピンホール伝導度が10倍違うにも関わらず、同程度のホール伝導度が得られた。さらに、α-Wとβ-Wでも、縦伝導度が10倍違うにも関わらず、同程度のホール伝導度が得られた。したがって、電流誘起磁気光学Kerr効果には、スピンホール効果以外の寄与が含まれることが示された。この従来の理解からのずれを説明する可能性の一つは、近年研究されている軌道ホール効果の影響である。そこで、スピンホール効果と軌道ホール効果から光学的なホール伝導度を計算した。数値計算からは、軌道ホール効果は物質によらず、PtやWのスピンホール効果と同程度かそれ以上の値を取ることが示唆された。したがって、スピンホール効果の小さいVで観測された、スピンホール効果の大きいPtやWと同程度の電流誘起磁気光学Kerr効果は、軌道ホール効果の影響である可能性があると分かった。
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