生体内で隣り合う2つの細胞間にわずかな性質の差が生じた際、細胞間相互作用を介して一方の細胞に細胞死が誘導される現象が存在する。この現象は「細胞競合」と呼ばれ、組織に残る細胞を「勝者」、排除される細胞を「敗者」と呼ぶ。細胞競合は組織の恒常性維持やがんの制御に重要な役割を果たすと考えられているが、その分子メカニズムはほとんど不明であった。研究代表者は、これまでにショウジョウバエを用いた遺伝学的解析を通じて、勝者細胞に近接する敗者細胞はオートファジー依存的な細胞死によって排除されることを見出していた。しかしながら、勝者-敗者境界面で活性上昇するオートファジーがどのようにして誘導されるかといったメカニズムはわかっていなかった。当該年度ではこれを明らかにするために、がん抑制経路であるHippo経路変異細胞が周りの正常細胞にオートファジー依存的な細胞死を誘導して排除するモデル系を用いて遺伝学的解析を行った。その結果、Hippo経路変異細胞ではmiRNA bantamを介してTORシグナルが活性化しており、これが周りの正常細胞のオートファジー誘導に必要であることがわかった。また、TORシグナルを阻害することで、Hippo経路変異細胞内のタンパク質合成の上昇も抑制されたことから、勝者細胞に近接する敗者細胞で活性上昇するオートファジーは勝者-敗者細胞間のタンパク質合成能の差によって引き起こされることが示唆された。重要なことに、この正常細胞のオートファジー依存的な細胞死が、Hippo変異細胞の腫瘍形成を促進することもわかった。今後、このオートファジー誘導機構を解明していくことで細胞競合の全貌が明らかになり、細胞間コミュニケーションの新たなコンセプトが確立されるとともに、これを人為的に制御することで新たながん治療に貢献できる可能性がある。
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